今度は、深く重たい話だけれども、
“アカルイキボウ”を感じるお話です。
先日の大津市の中学校でのいじめ事件で、
この中学校の生徒たちは、夏休みの期間を使って、
警察から事情聴取を受けていました。
自責の念に駆られて、
「何も気づくことが出来なかった」
「見て見ぬふりしてしまった」
などと気落ちして、
心を取り乱す生徒がかなりいたそうです。
中には、付き添った親まで、
涙ぐんでしまったケースもあったとのこと。
亡くなった生徒の気持ちを思うと、
ただただ悲しいです。
………………………………………。
やっぱり人間って、
“感じる心”を持っているんです。
しかし、今のいけない現状を
変えてやるという行動を
おこすことが出来なかったということは、
結局、冷静に広い視点で、
物事を見つめられなかったということ、
あるいは、中学生の誰もが、
こなすべきことが多すぎて、
周りに目を配る余裕がなかったということ、
そして、いじめをやめさせるという、
新たな行動をおこせるような雰囲気ではない、
つまり、“風通し”が良くない学校だったということなんです。
僕は、教育現場にいませんので、
細かい規定は知りませんが、
ほとんどの自治体の教育委員会では、
いじめなどの事件を発生させた時点
で、その事件に深く関わる立場の教師とその上司、
そして、教頭・校長の人事評価を下げる
システムになっていたように記憶しています。
~この点、間違いがありましたら、
ご指摘頂きましたら幸いです。
つまり、事件があるだけでアウトなのです。
教師にとっては、この制度では、
いくら周りに目を配って、
いじめを発見したとしても、
“くたびれもうけ”になってしまうワケです。
“いじめの芽”を無視してしまうようになってしまうのは、
当然のことといえます。
しかし、いろんな“心”を持つのが人間。
特に、心が未熟な中高生にとっては、
いろいろと“心の葛藤”があって、
いろんな事件を引き起こしてしまうかも知れません。
そこで思うのが、
事件が発生した事実だけでいけないとするのではなく、
事件が発生した後、
どのような方法で対処し、
結果、うまく解決できたかで判断する
という人事評価制度を導入しないと、
前向きに教師たちも“いじめ”に
向き合えないのでは…ということです。
こうすることで、勇気のある教師の皆さんが、
前向きに“風通し”を良くするように
取り組むようになると思いますし、
その結果、生徒たちが本来持つ
“周りの人を思いやる心”
も、活かすことができると感じます。
……………………………………。
ただ、思っていた以上に、
心を痛めている人、つまり、
優しい気持ちを忘れていない生徒が多いことが、
ちょっぴり、僕の心を安心させてくれました。
この“痛み”を乗り越えて、
彼たち彼女たちが、
素晴らしい大人になれるよう、
心から祈っています(^-^)。
MAC-21
この問題に対して、
何か感じられることがございましたら、
ご意見頂けましたらありがたいです。
これからも、僕なりに解決方法を考えてまいります。