相手のことを理解している
つもり
相手のことを信じている
つもり
よく分かっている
自分も愛しているし
相手も愛してくれている
だけど
相手が
自分の期待している反応をしてくれなかったり
自分が想像していない行動をとったりすると
途端に苦しくなって
辛くなって
待てなくなって
挙げ句の果てには…
相手を信じることが出来なくなって
責めて追いつめて…
そんな自分が嫌になって
そんな風にさせていると思い込んでいる相手のことが嫌になって…
なんかやっぱり嫌い
とか
私を傷つけるから嫌い
とか
思ったりして
自分を正当化して逃げる…
うん。
だって、
そっちの方がもう傷つかないじゃない?
そっちの方が楽だもの
自分がやっぱり大切だもの

そうやって…
相手から離れるのも良し
どの選択をするのも良し
全てあっているから
でも
そこで1つ立ち止まって欲しい
その時の出た感情は何だったのか…
寂しさ?
悲しさ?
無価値観?
罪悪感?
相手の行動や反応だけに飲み込まれてはいないか?
相手じゃない全ては自分
自分の中にある何らかの重い苦しい感情が反応して
そうやって、相手によって
自分の弱さが露呈しているだけ
そこから上手く逃げられたとしても
それはクリアしているんじゃなくて
保留なだけで
またちゃんと課題に向き合わせてくれる
クリアするまでちゃんと向き合うことができるまで
違った形で違った人や事柄で
諦めずに現れる
怖くはないよ
それは
大きな視点で言う愛だからね
だから
相手じゃない全ては自分
同じことをされても言われても
そうネガティブに攻撃的に思う人もいればいない人もいる
違いは何か?
自分自身
自分の中に消化されていない
スポットを当てていない
いつもスルーされて見なかったことにされている
いつも何かのせい、相手のせいにして
見ようとしなかった感情がある
それを見つけて見てあげて、
受け入れてあげて手放してあげる
そして感謝に変わって光に変わる
それが自分を自分で癒やしてあげるってことで
そうすると…
なんかどうでも良くなって…
あれ?
彼って、あの人ってそんなに意地悪をしていた訳じゃなかったのね?
あれ?
私は何でこんな事に、この人にこだわっていたんだろう?
って思えたり
課題がクリアしたら
その人や事柄に対する執着がなくなって
気付いたらどうでも良くなってたり
一緒にいる必要性もなくなっていたりする

それはちゃんと自分で自分を癒やして愛することが出来たって証拠
そこで、また褒めてあげる

そうこうしている間に
あなたは新しいステージに行くから
また新たなギフトを抱えた新しい人に出会ったりするけど
自分自身を癒やして愛する方法さえ分かれば
もう、大丈夫
自分さえ信じていれば大丈夫
自分軸でいれば外向きのどうこうに左右されない
もっともっと軽やかに穏やかに過ごすことができる
幸せしか待っていない
