平成15年2月26日発行
県立横浜日野高等学校校誌(生徒編集)『日野』


◆巻頭エッセイ◆

ああ 川の流れのように ゆるやかに

  いくつも 時代は過ぎて

 (

 われわれはその担い手なのです。」とやや昂ぶった調子で「巻頭言」を結んでいます。


 それから35年。その時々、昨日から明日へ大した変化もなく時は過ぎていったように思われますが、振り返れば、昭和43年の「GNP(国民総生産)世界第2位となる。」に象徴される高度経済成長の時期から、バブル経済の崩壊,平成不況へと緩やかではありますが確実にそして大きくいくつかの「時代」が過ぎていっております。

 『日野』の「特集」、特にしばしば行われるアンケートからはそれぞれの時代の特質やその時代に日野で学んだ生徒の考え方、生き方が伝わってきます。「クラス紹介」「委員会・クラブレポート」と、積み上げられた32冊の『日野』には生徒会長の言う「一大文化」が見事に花開き、結実しています。


 そして、横浜日野高校の歴史はここで幕を閉じます。

 私たちは先輩の築きあげてきた横浜日野の文化を、そしてその文化を創りあげてきた伝統を是非横浜南陵高校に引継いでいきたいと考えています。



 横浜日野高校を閉じるに当たって「大切なことは、碑を建てることでも、記念誌を作ることでもなく、この地で学び、この地で教えたすべての人々が横浜日野高校を心に刻み、忘れないこと。そしてここであった『こと』を語り継いで行くこと。」だと思います。


 最後になりました。

 これまでの37年間の歴史に関わってきた全ての卒業生・生徒の皆さん、時に厳しく、時に優しく生徒に接してこられた教職員の皆さん、大きな気持ちで暖かく成長を見守ってこられた保護者、地域の皆さんの今後ますますの御発展を心からお祈りいたしますと共に今日に至る横浜日野高校の歴史と伝統を築き上げてこられたことに感謝いたします。


 「ありがとうございました。」

 私たち、生徒、教職員ともども校誌『日野』をより所として、この学校に関わった全ての人々の名前と事跡を心に刻んで、新たな時代の「神奈川県や横浜市の期待」に応え、さらに大輪の「文化の花」を咲かせるため横浜南陵高校の歴史と伝統の基礎づくりに向けて出発したいと考えます。


 横浜南陵高校は、平成15年4月、「健康福祉コース」をもつ全日制の普通課高校としてスタートします。1・2年生の諸君は横浜南陵高校の第1期・第2期卒業生となることが予定されています。新校の基礎づくりに向け活躍を期待します。横浜日野高校最後の卒業生諸君、お元気で、そして、よろしくお願いします。

              
秋元康作曲『川の流れのように』)


 私の机の上に32冊の校誌『日野』があります。第1号の発行は昭和43年3月、神奈川県知事、県会議員の「お祝いの言葉」に続き,学校長,PTA会長の「巻頭言」、そして生徒会長は「神奈川県や横浜市の期待をせおってできた、この白亜の塔は日野の地に一大文化を咲かせる使命を持っています。