先日 小学校の同窓会に行って来ました
同窓会の話は後日に致すとします
私の田舎は 読者の皆様はご存知かと思います
浦安と言う所は その昔は 漁師町でして
あさりやハマグリ 海苔等が漁の主だったものでした
小6の頃 今のDWの埋め立ては すでに始まってました
当時 ディズニーランドが出来るとは努々考えも想像もしてませんでした
浦安が町だったころ 町には小学校が1校 中学1校という小さな町でしたが
小学校は1年から6年生まで全校生徒2千人越えでした
校庭も小さく2千人の児童が一斉に運動が出来る校庭はありませんでした
隣接している中学の校庭を借り運動会等をしてましたね
私が6年生になった時 校長から この校舎は今の6年生(私たち)が
卒業したら 取り壊すことになりました。と告げられた。
通常 卒業記念に 校舎のどこかに記念の落書きなるものをして
卒業していくものですが 私たちは何を残しても 校舎は残らないので
何も 書けず残せず卒業しました
後に あの 例の鉄球で当時では珍しかった鉄筋校舎が破壊されていくのを
目の当たりに見て うわー 凄いなと同時に 何だか寂しい気持ちがしました
それから48年 浦安は町から市に変わり 小中も随分増え
高校 大学 挙げ句は 順天堂病院まで出来てる変貌ぶり
ここが 私が生まれ育った町???
結婚して 数年ぶりに実家に帰った浦安は もう 昔の浦安では
なくなってました。
さらに数年後には もっと もっと変わってしまい 浦島太郎状態でしたw
今 浦安に住んでる人達は 全くの よその人です
浦安弁をしゃべる人はおらず 標準語が飛び交ってる
我が物顔で 街を闊歩してる これは元浦安の住民だった私のヒガミです
最も 元から住んでる浦安住民もきちんと生活してます
DWが出来 浦安は 私が居た頃とは数段 上品になり 街も潤っています
行ってみればDW様様と言う訳ですね。