こんにちは、またまたお久しぶりの投稿です🤍
3月に「ソマティックとプレゼンス」のことを書きましたが、そこから少し時間が空いてしまいました。
実は、最近noteという場所でも書いていて、「在る」「現実創造」「身体ファースト」のことを深めながら綴っているのですが・・
今日書いたものは、ぜひこちらにも届けたかったので、転載します。
それは、パートナーシップ、中でも魂の関係と言われるツインレイやツインソウルについて。
ここでは長いことずっとパートナーシップのことを書いてきたので、今もどこかで向き合っている方に届いたらいいなと思って書きました🤍
少し長いですが、よかったら最後まで読んでもらえたら嬉しいです✨
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今日は、ずっと心の中にあったことを書いてみたいと思います。
書こうかどうか、何度も迷いました。
でも、いろんな方とお話しする中で、やはり一度、書いておきたいなと思ったので書いてみます。
私自身もずっと辿ってきた道なので、そこから思うこと、そして今、外から見えてきたことも含めて書いてみます。
私自身の話
私は、5年近く、ツインレイの物語の中にいました。
(音信不通だった期間を含めて)
ツインレイという言葉は、最初はまったく知らなかったのです。
でも、不思議な体験をしたり、これ何?ということがあり、ネットで調べて、どうやらツインソウル、ツインレイ、というのがあるらしい・・ということを知ったのです。
そこには、ツインレイが通るだろうと言われているサイレント期間、統合・・様々なセオリーがありました。
そこから得た知識の上、私自身もサイレント期間という言葉を握りしめ、課題やステージを学び、本を読んで、「いつかきっと統合する」と信じて生きていた時期があります。
単発でセッションを受けたことも、何度かあります。
救われたし、そのことによって繋がれた大切な友人たちもいます。
だからそのことについては心から良かった、と思っている![]()
でも、セッションやコミュニティに依存することは、どこかでなんとなく敬遠していました。
外に答えを求めても、自分を信じられていなかったら、結局、不安が残るだけ。
そのことを、身体のどこかが、ずっと知っていたんだと思います。
そしてまた、私が受けたセッションの提供者の方たちは、依存させないものだったのも大きかったし、ありがたかった。
そうは言っても、不安なのは不安だった・・・・
それは事実です。
「もう一冊本を読めば、きっと突破口がある」
「あの動画を見れば、何か見えてくるかも」
「自分磨きが足りないのかも」
「もっと自分のブロックを掘り下げなければ」
セッションに通うことはしなかったけれど、それでも私は、「外側」に答えを求めていました。
本、SNS、ブログ、動画、リーディング。
形は違っても、構造は同じだった。
「答えは、まだここにはない」
「次の何かで、きっと見えてくる」
「まだまだ自分への掘り下げが足りないんだ」
そういう信号を、ずっと自分に送り続けていたー
それは在るとは程遠い。不足のエネルギー。
「私は、まだ足りない」という感覚が、深くなっていったのです。
苦しかった時期と、苦しくなくなった時期
5年近くのサイレント期間があったと書きました。
でも音信不通の5年近く、ずっと苦しかったわけではありません。
最初の頃は、確かに苦しかった。
いきなり音信不通が始まったから。
サイレント期間が辛くて、答えを外に探して、もがいたし、苦しんだ。
でも、ある時から苦しくなくなったのです。
それは、こう腑に落ちた瞬間があったから。
「向き合うのは、自分」
「私がこの物語を、自分で選んでいる」
と。
物語の中にいることが、辛くなくなったんだと思います。
なぜなら、それは私の意志だと腑に落ちたからです。
必要な時期だった。
自分で選んだ時期だった。
「自分で選んでいる」という主体性を取り戻した時から、同じ物語の中にいても、苦しさは消えていきました。
執着も手放そうとしなかった
ここで、もうひとつ大事なことを書きます。
「在る」とか「自分で選ぶ」とかを書いてきましたが、じゃあ私が、その間ずっと冷静だったかというと、
もちろんまったくそんなことはない・・笑
波はあった。
揺さぶられた。
自分で選んでいるとわかっていても、感情が爆発しそうになった。
サイレント期間の途中。
どうしても忘れられない。
どうしてもこの願いを叶えたい。
そんな気持ちが、強く強く押し寄せてくる時期もありました。
そんな時、世間ではよく言われることがあります。
「執着を手放せ」と。
でも、それができないときだって、ありますよね。
わかっててもできないよーって。
なので、私は、執着を手放そうとはしませんでした。
というか、できなかった・・・笑
代わりにやったのは、
自分の素直な気持ちを、否定もジャッジもせず、ただ受け入れて、止めずに流していくこと。
今思えば「執着しちゃダメだ」と自分を抑圧することは、それもまた、ノイズのひとつだと感じています。
だから、執着しているなら、執着していい。
忘れられないなら、忘れられないままでいい。
苦しいなら、苦しんでいい。
ジャッジを足さない。
余計なノイズを足さない。
そうしたら、面白いことに・・
執着し尽くしたら飽きてきた。笑
吹っ切れる、というか、急にフラットになったんです。
気づくと、波が静まっていた。
「手放そう」としたのではなく、とことん許していたら、荒波が自然と静まって、気づいたら凪の中にいた。
もちろん、その間も友人たちに、この状況の愚痴を聞いてもらったり、励まされたり、友人のリーディングを受けたり・・そうやって過ごしながら。
でも苦しさはなかった。
どんどん、自分の感覚を信じられるようになっていきました🤍
そして不思議なことに、力みがなくなった時に、現実が動き出しました。
「動かそう」としたのではなく、ただ凪の中にいたら、勝手に展開されていった。
それが、私の実体験です。
だから、もし今、執着していて苦しい人がいたら、こう伝えたいです。
手放さなくていいですよ。
ただ、その気持ちを、ジャッジしないでいてあげて。
「こんな自分はダメだ」を、足さないでいてあげて。
執着し尽くしたら、いつか、飽きてくる時が来る。
そして、自然に凪の中に入っていける時が来る。
それは、誰かに「手放しなさい」と言われて起きるものじゃない。
自分自身の中で、自然に熟していくものなんだと感じています。
そして、ある程度の時間が流れた後、私は、自然に物語から降りていたと自覚しました。
「降りなきゃ」と思ったわけではなく、「卒業しなきゃ」と力んだわけでもない。
自分で選んで生きていたら、自然に、その物語が役目を終えるタイミングが来た。
それだけだったのだと思います。
ツインレイ。伝えたいこと
最初に、これだけは伝えておきたいです。
私は、ツインレイという概念そのものを否定したいわけではありません。
そういう繋がりは、確かにあると私は感じている。(そういう設定が私の中にある)
私自身、それを信じている時期も長かった。
そして、ツインレイの物語の中で、深く向き合っている人を、否定したいわけでも、もちろんないです。
それは、その人にとって必要な時間。
私もそうだった。
ただ、ひとつだけ、確かめてほしいことがあります。
それを書きたくて、今日この記事を書いています。
物語を、自分で選んでいますか
私が本当に伝えたいのは、ここなんです。
物語の中にいることが、問題なんじゃない。
セッションを受けることも、ヒーリングを受けることも、ワークをすることも、何ひとつ、おかしなことじゃない。
大事なのは、ひとつだけ。
自分が、自分で選んでいるかどうか。
「彼の気持ちはこうですよ」と言われて、信じている。
「次のステージはこうですよ」と言われて、進んでいる。
「サイレント期間にはこういうことが起きます」と言われて、待っている。
これは自分で選んでいる感覚がありますか?
それとも、誰かが描いた地図の上を、ただ歩いていますか?
「自分で選んでいる」物語は、苦しくなくなる。
たとえ大変な時期でも、それは自分の意志の上にあるから。
でも、「外から与えられた」物語は、苦しさが消えない。
何年経っても、何年経っても、不安が残り続ける。
なぜなら、自分が、自分の人生を生きていないから。
物語の中にいたとき、起きていたこと
振り返ると、あの頃の私には、こういうことが起きていました。
「サイレント期間を乗り越える」という課題が、ずっと外から提示されていた
「ステージ◯まで進んだ」という位置づけを、外から与えられていた
「次にやるべきこと」が、ずっと外から降ってきていた
「まだ統合していないから、学びが足りない」と感じていた
「もっと自分を磨かなきゃ」と、休めなかった
(正確に言うと、外から与えられていた、というよりは、私が、外から与えられたものを、自分のものとして受け取っていた、という方が近いかもしれません)
これは、エピジェネティクスの視点で見ると、ずっとストレス遺伝子を発現させ続ける構造なんです。
頭では「成長」と思っているけれど、身体は「追いかけ続けている」という信号を出している。
細胞レベルで、緊張が続いている。
そして、追いかけているとき、本当に求めているものは遠ざかっていく。
正確に言えば、相手が遠ざかるのではなく、追いかけている状態自体が、「在る」を見えにくくしている状態になるということです。
ただただそういう仕組みなんですよね。
今年は特別な年?
「2026年は特別な年だから、今動かないと取り残される」
「光の速さで時代が動いている」
「変化と前進の年」
このような言葉が、今、たくさん流れています。
でも、そんな時は少し立ち止まってみたい。
「特別な年」はいつだって、誰かが作っている物語でもあるのです。
もちろん、天体の流れ、時代の流れ、そういうものは私たちに与える影響はとても大きいだろうと思います。
でもそれでも、物語なのです。設定なのです。
毎年、毎月、毎週、誰かが「今が特別」と言い続けている。
それに合わせて自分のリズムを無視して動こうとすると、あなたの呼吸は、誰かのリズムに乗っ取られる。
あなたの人生に「特別な瞬間」があるとしたら、それは、暦の上にあるんじゃない。
あなたの身体が「今だ」と感じた瞬間が、あなたにとっての特別な瞬間です。
世間が「今動け」と言っても、あなたの身体が「まだだよ」と言っているなら、それを信じてあげてください。
逆に、世間が「まだ早い」と言っても、あなたの身体が「今だ」と言っているなら、それも信じてあげてください。
あなたのリズムは、あなたが知っている。
不安に追われて動かなくていい。
焦って何かを始めなくていい。
誰かのカウントダウンに、合わせなくていい。
ただ、あなたのリズムで、生きてほしいです🤍
提供する側のこと
これも、書いていいか迷ったところです。
現在、私自身、パートナーシッププログラムを創っています。
そしてツインレイのセッションや講座を提供されている方の中には、本当に魂を込めて、丁寧に伴走してくださる方もたくさんいらっしゃいます。
私の大切な友人たちにもたくさんいます。
なのでその方たちに向けて言っているわけではありません。
ただ、構造として——
「次の課題が来ました」
「次のステージに進むためのワークがあります」
「サイレント期間にはこういうことが起きます」
そうずっとガイドし続けている提供者もまだまだたくさんいると感じます。
受け取る側の「自分で選ぶ」という主体性を、気づかぬうちに、奪ってしまっていることがある。
提供する側もまた、無自覚に、受け取る側を「卒業させない」構造の中で動いていることがある。
これは誰かを責めたいわけではなく、私自身が、外に答えを求める側にいた時間があったから、両方の側が見えてきた、ということです。
そして、外から見えてきて気づいたことがあるんです。
自分で体現しているものほど、深く届く。
そうでないものは、言葉だけが先に走ってしまう。
(体現とは、「結ばれていないといけない」という意味ではありません。以下に書きます)
これは提供する側を批判するものではなくて、私自身が「受け取る側」から「伝える側」に立とうとしている今、
自分自身にいちばん問いかけていることなんです。
伝える内容を、自分自身が体現しているか。
他人の物語をガイドする前に、自分の物語を、自分で生きているか。
これは、ヒーリングでもエネルギーワークでも同じ。
これは、私の中で、いちばん大切にしていることです。
私たちには、創造する力がある
そして、ずっとずっとお伝えしてきたことがあります。
それは、
私たちには、創造する力がある。
そして、いつでも、自分自身が現実を創っている、ということ。
ツインレイの物語の中にいた時、最初は「相手次第」だと思っていました。
サイレント期間が明けるかどうか、相手次第。
統合できるかどうか、ステージ次第。
私が学べたかどうか、課題次第。
何かが「向こうからやってくる」のを、ずっと待っていた。
でも、さっきも述べましたが、ある時に、ふと気づいた。
「私が、創ってる側だ」
と。
ヒーリングが、私を癒すんじゃない。
エネルギーワークが、願いを成就させるんじゃない。
セッションが、答えをくれるんじゃない。
パートナーが、私を幸せにしてくれるんじゃない。
全部、自分。
これは、ヒーリングやワークやセッションを否定しているわけではなく、どうそれらを使うのか。
大事なのは、使う側の前提。
「これが私を救ってくれる」と思って受けるのか、「自分が進む。その助けとして使う」と受けるのか。
主語が「向こう」になっているのか、「自分」になっているのか。
そこで起きることが、根本的に違う。
「これが私を救ってくれる」という気持ちで受けるとき、私たちは、自分の力を、外側に明け渡している。
「あなたが、私をなんとかしてください」と。
「自分が進む、その助けとして」と受けるとき、私たちは、自分の力を、自分の中に置いたまま、ツールとして、それを選んで使う。
「私が、私を動かす。あなた、もしくはツールは、そのサポートをしてくれる人やツールだ」と。
その違いだけで、同じヒーリングも、同じワークも、全く違う作用をする。
そして、これは、特別なヒーリングや、エネルギーワークだけの話じゃないんです。
普段の暮らしの中でも、同じです。
「あの人が変わってくれたら、私は幸せになれる」
「環境が変われば、私は楽になれる」
「特別な何かが起きれば、私は救われる」
そう思っているとき、私たちは、自分の創造する力を、外側に預けてしまっている。
でも、本当は——
朝、何を食べるか。
今日、誰と過ごすか。
何を見て、何を聴くか。
何に時間を使うか。
どんな身体で在るか。
そのひとつひとつが、私が、現実を創っている瞬間。
大それたことではなく、今日のささやかな選択の積み重ねが、私の世界を創っている。
「在る」と「創造する」は、同じこと
「在る」ということと、「創造する」ということ。
一見、逆方向に見えるかもしれません。
「在る」は、何もしない、ゆだねる、サレンダー。
「創造する」は、行動する、形にする、能動的。
でも本当は、こういうことだと思う。
「在る」の状態から、創造が起きる。
ストレスから創ろうとすると、力ずくになる。
コントロールしようとして、力んでしまう。
追いかけて、遠ざかる。
「在る」から創ると、無理がない。
自然に湧いてくる。
引き寄せようとしなくても、最初からそこに在ったものが、見えてくる。
植物が、ただ「在る」だけで、太陽と月と星を凝縮しているように——
私たちも、ただ「在る」だけで、現実を創造しています。
特別なワークも、特別な能力も、要らない。
ただ、自分が創造主であることを、思い出すだけ。
そして、自分の選択を、自分のものとして、生きていくだけ🤍
パートナーシップは、ずっと大切にしたい場所
私にとって、パートナーシップは、今でも大切にしたい場所のひとつです。
なぜなら——
パートナーシップとは、最もわかりやすく、自分を表している場所
だから。
人と一緒にいると、自分の弱さも、強さも、影も、光も、全部出てくる。
優しくしたい自分。
怒ってしまう自分。
甘えたい自分。
壁を作ってしまう自分。
ひとりでは見えにくい自分が、誰かのそばで、くっきりと立ち上がってくる。
だから、パートナーシップを生きるとは、いちばん深く「在る」が見えること。
それは、私にとって、今でも、これからも、身体ごと大切にしたいことです![]()
そしてまた思うことは、パートナーシップに、決まった「形」はないということ。
ツインレイ。ソウルメイト。運命の人。
結婚。統合、和合。同棲。事実婚。
ずっと一緒にいる。離れて暮らす。
週末だけ会う。年に数回会う。
形は、何でもいい。
私の周りには、様々な形で、自分たちだけの幸せなパートナーシップを築いている人たちがたくさんいます。
そしてまた、パートナーがいない時間も、立派なパートナーシップです。
なぜなら、その時間は、自分自身というパートナーと、最も深く向き合っている時間だから。
自分自身の、在るパートナーシップを、自分のリズムで生きる。
誰かの物語をなぞらなくていい。
「正解の形」を探さなくていい。
「みんながやっている形」に揃わなくていい。
自分自身の身体が「ホッ」とする形が、自分にとっての、いちばん本物のパートナーシップ。
それは、世間が認める形と違っていても、ぜんぜんかまわない。
「在ること」を一緒にできる関係
それが、私にとってのパートナーシップです🤍
物語の中にいる方へ
もし今、これを読んでいるあなたが、何年もツインレイの物語の中にいて、
「私、まだ学びが足りないのかな」
「もっと向き合わなきゃいけないのかな」
「次の何かで、きっと変わるかな」
そう感じているなら——
少し立ち止まって、こう問いかけてみてもいいと思います。
「私は、この物語を、自分で選んで生きていますか?」
「私は、『在る』ところから、生きていますか?」
もし、「はい、自分で選んでいる」と心から言えるなら、そのまま、続けていいと思うし、物語を降りる必要はないと思う。
それは、あなたにとって必要な時間で、あなた自身が、その物語を生きると選んでいる。
それが、立派な錬金だと感じるからです。
でも、もし——
「自分で選んでいる感覚がない」
「ずっと誰かに『あなたはこうだ』と言われている」
「『在る』ところから生きていない、緊張ばかりしている」
そう感じるなら、その時は、いったん立ち止まる時期かもしれません。
物語を捨てるためじゃない。
誰かに着せられた物語をいったん脱いで、「自分で選び直す」ために。
そして、選び直した結果、やっぱり同じ物語を続けることもある。
別の道を歩き始めることもある。
どちらでもいい。
「自分が選んでいる」という感覚を、自分の中に取り戻すこと。
それが、いちばん大事なことだと思います。
降りた先は、別の物語ではない
そして、もしあなたが、物語から降りる時期だと感じているなら、降りた先は、別の物語ではありません。
別のセッション。
別のメソッド。
別の先生。
別のコミュニティ。
そこに行く必要はないのです。
ただ、自分の身体の感覚に戻ればいい。
朝、自分のために淹れるお茶。
窓を開けたときの風。
お気に入りの香り。
誰かと笑う時間。
そんなささやかな日常の中に、ずっと探していたものは、最初から在る。
「次の何か」を始めなくていい。
「今、ここ」で、十分なんです。
まずはささやかな日常の、おだやかな感覚を味わってみる🤍
最後に伝えたいこと
物語を生きてきた方へ。
ループの中で本気で向き合ってきた時間は、何ひとつ無駄じゃないです。
全部、必要だった。
私自身、5年近くその物語の中にいたから、とてもよくわかるし、今、書けることだと思っています。
伝えたいことは、ひとつだけ。
あなたの人生は、あなたが選んで生きてください。
物語を続けるなら、それも自分で選んで。
物語を降りるなら、それも自分で選んで。
パートナーがいるなら、それも自分で選んで。
ひとりで在るなら、それも自分で選んで。
「在る」ところから、自分で選んで生きる。
それが、私が伝えたいことです。
降りた先に、別の世界があるわけじゃない。
世界は、最初から、同じ。
ただ、見え方が変わるだけ。
追いかけなくていい、と気づいた世界。
学び続けなくていい、と気づいた世界。
ただ、在るだけで、十分だ、と気づいた世界。
そして、不思議なことに、その場所に立った瞬間、本当に大切なものは、最初から、すぐそばに在ったと、わかる。
向こうから来るのではなく、私が見えていなかっただけだったと、わかる🤍
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今日のメッセージ![]()
あなたの物語は、自分で選んでいますか。
「在る」ところから、生きていますか。
物語が必要だった時期がある。
物語を、手放す時期もある。
どちらも、自分で選んでいるなら、それでいい。
創造しているのは、いつも自分。
在ることから、創造は始まる。
形にこだわらなくていい。
あなただけの、在るパートナーシップを、あなたのリズムで生きていい。
自分で選ぶこと。
それが、いちばんの錬金。
今日も、この身体と一緒に🤍






