今回の概要
①スニーカーが「履物」ではなく「生活の一部」である以上、スニーカーブームの終焉はスニーカーヘッズ達のアイデンティティの終焉をもたらす
②人口減少社会においてスニーカー市場を縮小させないためには、スニーカーブームの維持が必要不可欠である
「スニーカーブーム、早く終わって欲しい。そうすればオレ達が欲しいスニーカーが簡単に買えるようになるから。」
スニーカー好きの友人達が何気無く発したこの一言が今回の話のネタです。
今回の連載のテーマにも掲げているスニーカーブーム。
今やそ終焉しつつあるという人もいますが、それは上辺の数字しか観ていない人の根拠のない憶測でしかなく、前にも書いた通りスニーカーが承認欲求を満たすツールである限り、ブームの終焉にはまだまだ時間がかかるのです。
さて冒頭の言葉、何がボクの中で引っかかっていたのでしょうか。
ブームの真っただ中、欲しいスニーカーがあってもそれを求める人々は多い。しかも転売すればお金になるという理由でたいして欲しくない人やスニーカー好きでない人まで並んで買い求める。
ブームが過ぎ去れば必然的に母集団は減り、この熱は落ち着き、セカンドマーケットの相場も下がるでしょう。
しかし、本当にそれが良いことだと思いますか?
たしかにアメリカではスニーカーを買うために暴動が起こったり、過去には殺人事件まで起きました。
こんなことが起こっては話が変わってきますが、日本ではそこまでの事件はこれまで起こったことがないし、おそらくここから先も起こらないので、そういった類の話はとりあえず無視して考えてみてください。
ボクは、ブームが過ぎ去って本当に欲しい人がスニーカーが手に入りやすくなる世の中の到来に、とても大きな危機感を覚えています。
ブームが去ったほうが欲しいスニーカーが手に入りやすいから良い、という考えはとても安直で、ポール・ガスコインか小学2年生程度の頭脳があれば誰でも考えつきます。
しかしブームが過ぎ去った後に起こるデメリットの方がはるかに大きいのではないかということをその薄っぺらい大脳皮質で考えて欲しいのです。
ボクが感じている危機感はここから来ています。
今からここに、そのデメリットについていくつか書いていこうと思います。
ボクが思いつくだけでも十数個のデメリットがあるのですが、今回は長くなるので2つだけ紹介します。
傑出したスニーカー好きは「スニーカーヘッズ(以下、ヘッズ)」と呼ばれます。スニーカー好き達がコーディネートや入手方法、手入れ・保存方法などを参考にしています。
ヘッズ達にもそれぞれ特徴があり、数百足のスニーカーを持っている人もいるし、レアなスニーカーばかりをコレクションし、履かずに保存している人もいます。
年齢、性別、職業、性格まで本当に様々です。しかしただ一つ共通していることは、ヘッズにとってスニーカーとは「履物」ではありません。
「足は2本しかないのになんでそんなにスニーカー持ってるの?」と、オットー・レーハーゲルの二番煎じのような揶揄をされても何も思わないのは、それが単なる「履物」ではないからです。
ヘッズにとってスニーカーとは「履物」ではなく「生活の一部」であり、アイデンティティを形成する大切なステータスです。なぜ「生活の一部」かというと、もちろんヘッズ達が人生をかけて大切に集めているものである他に、スニーカーが多くの人の興味を引く対象だからなのです。
ブームが過ぎ去りほとんどの人がスニーカーに興味を持たなくなった時、ヘッズ達の大切なステータスの一つが何の意味も持たなくなってしまう。「生活の一部」が単なる数百足の「履物」に姿を変えるのです。
その「履物」を労せず手に入れ得ることに喜びを得るのであれば、今すぐスニーカーよりも安くて履きやすいリハビリサンダルでも履いていれば事足りるでしょう。
「もしそうなっても、オレは変わらずスニーカーを集め続ける」という見え透いた嘘がまかり通るのは、SNSに自分のスニーカーを載せていない人だけです。その人をヘッズという位置付けにしていいのかどうかという矛盾も生じますが笑
そもそもスニーカー好きは承認欲求が強い傾向にあるわけです。自分の持っているスニーカーに誰も興味を示さなくなった途端、彼らの承認欲求はどこに昇華されるのでしょうか。ちょっとしたスニーカー好きにとっては、それに取って代わるものがすぐに見つかるかもしれませんが、ヘッズになるとそうはいきません。人生かけて集めてきてるものですから。ボクはどうしていいかわかりません笑
スニーカーブームの終焉は、ヒトのアイデンティティすら変えるのです。
もう一つは日本の人口が減少に向かって突き進んでいるということ。
人口動態に関してはかなり複雑なのでまた別の機会に詳しく書きますが、ここでザックリ言うと、人口が減るということは国の力が落ちるということです。
するとどうなるか。
日本人の生産能力も減るし、消費者の購買能力も減る。ナイキやアディダス、プーマは大元は外国資本だから問題ないでしょうか?
もしこのまま市場の力が落ちていけば、日本は「終わった市場」と見込まれ、海外資本の新規参入はおろか、現時点で参入している海外のシューズメーカーの撤退も考えられます。簡単に言うと、日本人に売ってもしょうがないね、と見限られるわけです。
生産能力も購買能力も減るのは人口が減る上で避けられないのですが、少なくとも購買能力を維持するのは単純です。
人口が減るのであれば、減った人達が買わなくなった分、商品の単価が上がればいいのです。つまり、買う人が半分になっても、値段が倍になればメーカー側の収益は変わらないでしょ?ということです。
想像つきますか?今まで1万円ちょいで買えていたスニーカーが2万円強に値上がりするんですよ。ふざけた話ですね。
でも冷静になってください。
ヘッズの方々、貴方がこれまでに買ったスニーカーの値段を教えてください。
中には、定価の数倍の値段で買ったものだってあるんじゃないでしょうか?なんで定価の数倍で買ったんですか?そんな金額を出してまで欲しい理由がどこにあったんでしょうか?
答えは簡単です。
スニーカーブームだからです。もっと言えば「スニーカーブームに乗って承認欲求を満たすためには数倍の金額くらいは払える」ということです。
ここに書いた話は本当に極論なので、半分冗談だと思って読んでいただきたいのですが、今の形でブームが続かなければ、スニーカーが買いやすいはおろか、スニーカーそのものが市場から消えていって簡単には手に入らなくるかもしれません。
その裏を言えば、今の熱狂的なブームが続いているからこそ、定価よりは高いけど「適正価格」で買えているものだってあるはずです。
スニーカーの消滅は、ヘッズの消滅を意味します。こんなことでは近い将来そのヘッズ達は「元ヘッズ」なんて暴走族みたいな呼ばれかたをされかねません。それだけはボクは絶対に避けたい!笑
ここに挙げたのはたった2例の極端な話ですが、スニーカーブームの終焉はデメリットもかなり大きいであろうこと、ご理解いただけましたでしょうか?
スニーカーブームの終焉なんてしばらく来ないような気がしますが、もっともっと熱を帯びて盛り上がってもらうことをボクは望んでいます。
スニーカーはボクにとって「生活の一部」ですから。
