皆さんは、チュルリョーニスという画家を知っていますか。

チュルリョーニスはバルト三国の1つ、リトアニア出身の画家で、1900年代前半に活躍した方です。

今回、国立西洋美術館が日本で2度目となる彼の回顧展を開きました。

浅薄な知識で大変恥ずかしいのですが、私はこの「チュルリョーニス」という画家を回顧展が開かれるまで全く知りませんでした。

しかし、国立西洋美術館の公式アカウントがチュルリョーニスの魅力を発信してくれたこと、妹がこの回顧展に誘ってくれたことが重なり、初めてチュルリョーニスの作品に触れる機会ができました。

このブログでは、チュルリョーニスの回顧展のレポをしていきたいと思います。

また、同時に北斎富嶽三十六景も展示されていたので、北斎の作品についても少しまとめていこうと思います。

それでは、今回のレポは超大作になるかと思いますが、最後までお付き合いくださいますと嬉しいです。


 

 

 








​チュルリョーニスとは

 

 

チュルリョーニス(1875年~1911年)は、リトアニア出身の画家です。

35歳でこの世を去るまで、芸術分野において国内で精力的に活動していました。

彼の経歴は画家の中でも異色で、オルガニストの父の影響でもともとは音楽家を目指していました。

ワルシャワ音楽院(ポーランドの名門音楽学校)にも通い、その後、ライプツィヒ音楽院(ドイツ)でも学んでいます。

しかし、ライプツィヒ音楽院を出たのが1902年にもかかわらず、彼は同じ年(または2年後とも言われている)にはすぐに設立されたまもないワルシャワ美術学校で学び始めました。

今回の企画展は、このワルシャワ美術学校時代から亡くなる直前までの作品が飾られています。

(なぜ彼が美術の方向に向かったのか…それについて詳しく書かれているものはありませんでした)

 

彼は美術だけでなく、音楽でもリトアニアの文化の発展・保護に努め、当時ロシア帝国の一部だったリトアニアの独立を強く願っていました。

圧政を強いられていたリトアニア国民の独立への思いはどれほどだったでしょう。

結局、彼が生きている間にリトアニアが独立することはなく(その後、ソ連やナチスに占領され、1900年までリトアニアが独立すことはありませんでした)、独立への夢を抱いたまま彼は肺炎にかかり亡くなってしまいます。

 

音楽と美術、双方向からリトアニアの文化を守り、発展させてきたチュルリョーニスは、リトアニア国内では知らぬものはいないほどの有名人だそうです。

この企画展でも、チュルリョーニスの祖国へのあふれる愛を感じました。

 

ということで、チュルリョーニスがどのような人物だったのか少し理解ができたでしょうか。

それでは、早速今回企画展で私が好きだった作品を紹介していきます。

ちなみに、今回の展示作品はすべてリトアニア国立M.K.チュルリョーニス美術館所蔵作品、およびチュルリョーニスが描いた作品のため、所蔵美術館・作家の記載は省きます。

それと、全作品撮影OKだったため、かなりの枚数がありますので、ご了承くださいませ…泣き笑い

 

 

 

 

 

 

森の囁き/弟ポヴィラスに宛てた絵葉書(森の囁き)

1904年/1903年

 

 

記念すべき、チュルリョーニス展1作品目がこちらでした。

最初にみたときに、絵の中央にある霞が何を表しているのか分からず、汚れなのかと思ってしまいました。

しかし、この絵を描く前に弟へ宛てた絵手紙の絵を見ると、この霞が何かよく分かります。

 

 

そうです、「手」だったのですね。

皆さんは分かったでしょうか。

私は本当にこういう想像力が疎く、この絵を見て、解説を読むまでこの絵(1枚目)が意味していることが全く分かりませんでした昇天

言われてみるとよく分かるのですが…。

 

しかし、この作品を1枚目に持ってきてくださったおかげで私の審美眼があてにならないこと、だからこそ、しっかり解説を読んで答え合わせをしながら進んでいかなければならないことを悟らせていただきました。

ちなみに、今回はかなり解説に助けられました。

彼の絵はかなり抽象的で、メッセージ性が強いのにそのメッセージを私が正しく受け取れないことが多かったからです。

こうした抽象画を描かれる画家の企画展に解説があると、私のような人間は大変助かります。

 

ということで、この作品は最初森の怖さとか不気味を表しているのかな、と思いきや、森の木々を竪琴に見立てて、大いなる存在が音楽を奏でている、それが木々の囁きに聞こえるね、という絵でした。

解説を見てみると、音楽を嗜んでいたチュルリョーニスらしい作品だと言えます。

 

 

 


​夜の海

1906年

 

 

チュルリョーニスの絵は、見たままを描くのではなく、考えたことや感じたこと、メッセージなどがたくさん隠されています。

この絵にメッセージ性があるかは分かりませんが、この後のチュルリョーニスの絵にも多く登場する、アイコニック的な星がきらめいています。

夜の静かな海と仄かに光る星々が、なんだかおしゃれな作品でした。

 

 




​閃光Ⅰ/閃光Ⅱ/閃光Ⅲ[3点の連作]

1906年

 

 

 

 

今回の企画展では、連作が非常に多かったです。

この作品も例にもれず、3連作になっています。

この絵に共通するのはタイトルにもなっている「閃光」

なんだか幻想的な作品ですよね。

「閃光」たちが、リトアニアの様々な場所を回って、街に明るさを灯してくれるような優しい気持ちが伝わってくる絵ですニコニコ

 

 

 

フーガ[二連画「プレリュード・フーガ」より]

1908年

 

 

お伝えしているように、彼は音楽も学んできた人です。

この作品には音楽形式の1つである「フーガ」という形式の名がつけられています。

フーガとは主題と応答が交互に現れる、対位法による多声音楽の形式のことを指します。

簡単に言うと、メインとなるメロディーがあり、そのメロディーの模倣や応答が次々に重なって多声部のメロディーによって構成される音楽ということです。(伝わったでしょうか…)

音楽の世界では大変メジャーな形式で、日本ではバッハの作品が有名ですね。

トッカータとフーガニ短調や、フーガト短調(小フーガ)などは学生の頃に学んだことがある人もいるかと思います。

そんな「フーガ」というタイトルがついたこの絵。

多数の木が描かれていることから今回の主題は「木」だということがよくわかります。

背の高い木や、低い木、上下さかさまに描かれた木、もやもやと描かれているのはメロディーの移り変わりでしょうか。

こうした音楽的側面が強い作品は、自分の「好き」という感情と相まって、よりこの絵に対する愛情が湧いてきます。

分かりやすい絵ではありますが、このように音楽を「絵」で表現するチュルリョーニスが一層好きになった絵でした。

 

 

第3ソナタ(蛇のソナタ)よりアレグロ/アンダンテ/スケルツォ/フィナーレ

1908年

 

ここから3つの「ソナタ」と名付けられた連作群を紹介していきます。

「ソナタ」も音楽形式の1つで、世界中にある形式の中でいわゆるクラシック音楽に1番使用されている形式だといっても過言ではありません。

かの有名なモーツァルトやベートーヴェンはもちろん、世界中の名だたる作曲家たちがこの形式の曲をたーーーくさん書いています。

もちろん、皆さんご存じのベートーヴェン作曲交響曲第5番「運命」にも使われていますし、「ピアノソナタ」という名前は「ソナタ形式」を使用しているからこの名前を使っています。

とにかく、世の中には数えきれないほどの「ソナタ形式」の曲があるということです。

「ソナタ」とは提示部・展開部・再現部・(コーダ)のまとまりをもつ音楽形式のことで、提示部では第一主題と第二主題が演奏され、この主題(メロディー)が展開していくことによって曲が紡がれることを指します。

フーガもソナタも音楽を専門的に学んでいない人からしてみればちんぷんかんぷんかもしれませんが、我々音楽を嗜んでいる人間にとっては、割とよく知られていることです。

野球の細かいルールは野球をやっている人や好きな人でないと知らない、という感覚に似ていると思います。

ということで、前置きが長くなりましたが、「ソナタ」という名前が入っている作品群の1つ目「蛇のソナタ」という4連画を紹介します。

 

 

1枚目は「アレグロ」ですね。

「アレグロ」は音楽の速度記号で「軽快に」とか「速く」といった意味です。

この絵は最もソナタ形式を目で見て理解できるように描かれているそうで、下から提示部・展開部・再現部になっているそうです。

ただ、残念ながら私の想像力ではどこがどうマッチしているのか読み取ることは難しかったです…悲しい

チュルリョーニスは自分の絵について解説することをあまり良しとしなかったそうなのですが、だれがこの絵を見て「下からソナタ形式で描かれているぞ」と分かるのでしょうか…

ぜひ、見方を教えてほしいな、と思いました。

 

 

2曲目は「アンダンテ」です。「アンダンテ」とは「ゆっくり歩くような速さで」という意味で、ゆったりとした曲を作りたいときによく使います。

アイコニックな星から光が降り注ぎ、その光の間を蛇がスーッと通っていく。

崖のふちに立っている人は頭の形から王冠をかぶっているように見えますが、この王(?)は、何を考えているのでしょうか。

幻想的な絵の風景が素敵で、この4枚の中ではこの絵が一番好みでした。

 

 

3枚目は「スケルツォ」

「スケルツォ」は「おどけるように」といった本来意味合いを持ちますが、この時代ではもう「3拍子の比較的テンポの速い曲」と紹介したほうが良いかもしれません。

真ん中で直立(?)しているのが蛇です。

この絵を見たときに「何がスケルツォなんだろう…?」と疑問に思いましたが、解説を見て少し理解できました。

真ん中にいる蛇は1・2楽章の蛇と違い、何か模様が描かれているのが分かります。

この模様がどうやらリトアニア民族的な文様だそうで、祝祭的な意味合いをもつそうです。

そういわれると「スケルツォ」の軽快な3拍子が「祝い」の席にあっているような気がしてきます。

私は絵からお祝いの雰囲気を感じ取ることができませんでしたが、静かに見える湖面(?)も、何かの意味があるのでしょうねひらめき

 

 

4枚目は「フィナーレ」です。

「フィナーレ」はその名の通り、楽章の最後につけられる名前で、特に音楽的な要素の縛りはありません。

ただ、音楽界では「フィナーレ」とつくとたいていクライマックスを感じる輝かしい壮大な音楽が多いのですが、この絵からはそうした輝かしさは感じられません。

また、ポツンと置かれた王冠が何かもの寂しさを感じます。

蛇もこの絵の中には山の後ろなどに存在する光の環となり、物体としては登場してきません。

確かに、光の環となることで壮大さは感じられますが、この曲はどのような物語だったのか…。

こればかりは、見ている私たちにゆだねられていますので、自分で考えなければいけないですね。

 

個人的に、私は蛇がとある王国の見届け人で、古代からこの世界で文明を築いてきた王国の民が滅んでこの世界からいなくなるまでのお話なのかなあ、と感じました。

第1楽章で黎明期を迎えた王国が第2楽章で苦難に見舞われ途方に暮れてしまい、第3楽章で静かに終わりを待つことを選択し、第4楽章で静かに終わりを迎える…

そんな物語に感じました。

チュルリョーニスとしてはそんな意味をもって描いたのではないかと思いますが(蛇はリトアニアで良い意味を持つそうなので)、私はこの絵から感じるなんだか寂しい感情をそうとらえました。

あと、人間は青系の色彩に対して「寂しい」というような感情を抱くようで、それも相まって私は少し悲観的なイメージを連想したのかと思います。

 

 



 

第5ソナタ(海のソナタ)よりアレグロ/アンダンテ/フィナーレ

1908年

 

 

2つ目のソナタ連作画は「海」をテーマにしています。

私の大好きな「海」をテーマにしたこの作品。

全3楽章で描かれています。

 

 

1枚目は「アレグロ」

キラキラと様々な色の泡沫が散らばっているのが印象的です。

今回の出展作品にも多く登場した鳥も画面左にいて、何かを暗示しているようです。

それに、海と陸の境があまり分からず、なんだか不思議な絵ですよね。

このソナタに関しては、物語があるというよりは、それぞれの楽章で、それぞれの海の景色を見せてくれているのかなあ、と思いました。

アレグロでは、名前の通り、勢いよく海の恵みもたくさん取れそうな、豊かな海を表現しているような感じがした絵でした。

 

 

 

2枚目は「アンダンテ」です。

リトアニアには、海底王国の伝説があるようで、下の方にうっすらと海底王国の姿が見えます。

上部にある2つの光から落ちてきている泡沫がなんだか地上と海底王国をつなぐ橋のようにも感じ、寂し気な色合いとは裏腹に優しい雰囲気を感じます。

手の上に乗せられた船(?)はどんな暗喩なのでしょうか…?

こういうときに、教養があると何か感じ取れるものがあるのかもしれないですね。

 

 

 

3枚目は「フィナーレ」です。

解説によると、北斎の「神奈川沖浪裏」から着想を得たと考えられているようで、確かに北斎の生き生きとした波に似ている気がします。

大きな波の中には彼のイニシャル「MKC」が見えます。

小さな船が波に翻弄されていますが、彼のイニシャルが書いてあることでこんなに大きな波なのに、なぜは嫌な感じはしません。

 

 

 

ピアノのための交響詩「海」の楽譜草稿

1903年

 

さて、彼は作曲家でもあります。

先ほどの絵のタイトルと同じテーマの交響詩「海」を作曲しているのですが、その楽譜草稿が飾ってありました。

このフロアにはこの曲が流れていて、普段の美術館ではないような空間がまた素敵でした。

 

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この楽譜、よく見ると大譜表が顔になっている!

 

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こんな遊び心も持った方だったのですね。

楽譜草稿も綺麗で、丁寧で几帳面な方だったのだなあ、と感じました。

(作曲家の多くは、割と楽譜草稿が大雑把…)

 

 

 

 

第6ソナタ(星のソナタ)よりアレグロ/アンダンテ

1908年

 

さて、今回展示されているソナタはこちらの作品が最後です。

このソナタは2枚で構成されています。

星をテーマにしていて、3つのソナタの中で一番神秘的な絵でした。

 

 

1枚目は「アレグロ」です。

ピアノソナタではだいたい3~4曲で1つのピアノソナタが構成されていて、速→遅→速 のテンポで構成されることが一般的です。

ですので、彼の作品もだいたい1曲目がアレグロ(速めの速度記号)→2曲目がアンダンテ(遅めの速度記号)→3曲目がフィナーレ(速度記号ではないけれど、ある程度速めで作曲されることが多い)になっていますね。

 

毎回「アレグロ」という名前だと面白味がないかもしれませんが、そうした音楽の構成についての知識があると変な感じはしません。

むしろ、あえて同じ名前にすることで、私たちにより想像の余地を与えているのかもしれませんね。

 

ということで、こちらの作品の感想ですが、あちこちに惑星や星屑が散らばっていて、非常に幻想的です。

画面中央上部には妖精(?)がいて、神様とかそんな存在が感じられるような気がします。

私たちが目にできる宇宙空間ではなく、もっと概念的な宇宙で、彼の想像力に圧巻です。

 

 

 

 

2枚目は「アンダンテ」です。

実は、1枚目から中央に続いている天の川がこの作品にも流れています。

 

 

正面から撮れなかったのですが、分かるでしょうか。

こうした工夫を見ていると、この絵たちが独立しているのではなく、同じ作品群だということが一目で分かりますね。

アンダンテではさらに概念的な宇宙が描かれ、先ほどの妖精なのか違う存在なのか、1人が天の川を寂しそうに渡っています。

シルエットしか描かれていないのに、うつむき加減で描かれることによって少し寂しさを感じるところが、絵のすごいところだなあ、と改めて感じました。

 

音楽シリーズの紹介は以上で終了ですが、私はこのブースが一番楽しかったです。

ちなみに、音楽界では有名な総合芸術家のワーグナーとは一線を画すと書かれていましたが、私はワーグナーとかなり近しいものを感じました。総合芸術としての側面が非常に強く、単に「美術」だけでは語れないものが多かったし、作品1つ1つに大きなメッセージ性を感じたからです。

ワーグナーの作品も、個人的に音楽以外の部分からメッセージ性を感じることが多く、アプローチや表現方法は違っても、ワーグナーとの共通点は多くみられたように感じました。

 



三連画「ライガルダス」よりⅠ/Ⅱ/Ⅲ

 

1907年

 

 

「ライガルダス」とは地名を指すそうなんですが、彼の風景画は今回この1枚しかありませんでした。

のどかな田舎の風景が三連画で描かれることによって、より風景の広がりを感じます。

この作品を見たときに「珍しい!風景画も描いていたんだ~」と思ったのですが、解説を見てみると

「この地に古来から伝わる民間伝承によれば、かつてこの谷はライガルダスという美しい町が存在していたが、その繁栄と引き換えに、人々は神への敬意と謙虚さを失い、神の怒りに触れたことによってこの地は地中深く埋められてしまう。今でも静かな夜にはかつての住民たちが助けを乞う叫びが聞こえると言われている。」

と紹介されており、やはり風景画1枚にも壮大なテーマが隠されているのだな…そして、この絵の本質を見抜くには、この「ライガルダス」という地について理解をしていなければいけないんだ、ということに気づかされました。

リトアニアを愛している彼だからこそ描けた景色なのだと感じた、印象深い絵でした。

 

 

 

 

リトアニアの墓地

1909年

 

 

リトアニアは古くから伝わっていた土着の文化とキリスト教の文化が混ざって、同じキリスト教でも少し違った様式なのだそうです。

その1つが、十字架を装飾していることです。

この塔(?)は実はもとは十字架だそうです。

様々な文化が融合し、このように変化していったのだとか。

チュルリョーニスはこの十字架をスケッチしていて、そのスケッチもこの絵の隣に飾ってありました。

 

(道端の十字架/1909年)

 

これが十字架なのだそうです。

他の国とはかなり様式が違うのでしょうね。

この絵を見て、解説を読んでリトアニアへ行ってみたい気持ちが高まりましたが、かなり治安が悪いようで、難しいかもしれません。

でもいつか、彼が描いた十字架をこの目で見てみたいな、と思いました。

 

 

 

 

リトアニア民謡「走れ、刈り入れの列よ」のためのヴィネット

1909年

 

 

チュルリョーニスは、リトアニア民謡の保存活動(?)にもかなり力を入れていたようで、ヴィネット(小さな挿絵)が3点飾られていました。

こちらはもう少し寄って撮影したものです。

 

 

本当に小さい!

細かい装飾が美しいですね。

この曲がリトアニア民謡のなかでも有名だそうで、YouTubeで探して聞いてみました。

私が聴いたものは民謡というよりは宗教歌のイメージが強く、ポリフォニーで歌われていたのですが、たぶん原曲は単旋律なのだと思います。

チュルリョーニスがこの民謡の変奏曲(?)を作曲していたのも見つけて聞いてみました。

結構たくさんの検索結果が出てきたので、日本でいう「さくらさくら」みたいな感じで親しみのある曲なのかもしれないですね。

 

他にもヴィネットが飾られていました。

 

(リトアニア民謡「ネムナス河の対岸で」のためのヴィネットⅣ)

1909年

 

 

 



オペラ「ユラーテ」の舞台背景のための下絵

1908年

 

 

チュルリョーニスの奥さまは作家だったそうなのですが、彼とともにリトアニアの文化振興に熱心に取り組んでいたそうです。

そんな2人が共同制作を始めたのがこのオペラ「ユラーテ」です。

奥さまのソフィヤがリトアニア語で台本を執筆し、チュルリョーニスが作曲と部隊装飾デザインを手がけたそうなのですが、結局チュルリョーニスが完成を待たずして亡くなったしまったことで実現しないまま終わってしまったようです。

夫婦での共同制作作品、見てみたかった…。

ちなみに「ユラーテ」はリトアニアに古くから伝わる伝説をもとにしているそうで、まさに、リトアニアによるリトアニアのためのオペラになる予定だったのだそう。

 

海底王国を舞台にした物語だったそうで、この絵はその海底王国の舞台背景になっています。

 

 

 

三連画「おとぎ話」よりⅠ/Ⅱ/Ⅲ

1909年

 

ここからは、彼が描いた「おとぎ話」シリーズの紹介です。

 

 

 

 

 

 

どんな物語なのか深くは語られていませんが、3枚とも「たんぽぽ」が共通点に挙げられます。

3枚目に綿毛はありませんが、女性の背後にある太陽(?)が綿毛が進化(?)したものだそうです。

1枚目の鎌を持った人、2枚目の綿毛を持った赤子、3枚目の王冠(?)をかぶった女性…。

これだけで、想像力が刺激されますね。

 

 

 

おとぎ話(王たちのおとぎ話)

1909年

 

 

2つ目のおとぎ話は王たちの話です。

王たちの手元には、町が光り輝いています。

 

 

きっとこれがリトアニアなのでしょうね。

つらく、厳しい現実が続いていたとしても、リトアニアは王(神?)にしっかり守られているというメッセージを感じました。

王たちが暗い世界に身を置きながらもリトアニアを守り続け、柔らかなお顔で見ているところが素敵だなあ、と感じました。

 



祭壇

1909年

 

 

今回の企画展のポスターにもなり、見ることの多かったこの作品。

私は初めて国立西洋美術館のインスタで見たのですが、所見ではこれが何か全く分かりませんでした。

この絵を見ての第一印象は「バベルの塔に似ているな…」でした。

惹かれるものもないし、正直この企画展にはいかないだろうな、というくらい、この絵に対してプラスの印象を持つことができませんでした。

 

しかし、今回この展示を全て見て、最後にこの絵を見た印象は全く別物でした。

写真では見づらいですが、この祭壇一辺一辺に描かれたモティーフに意味を感じられるようになっていました。

もちろん、すべてを理解できたわけでがありませんが、第一印象と全く違う印象を抱いていた自分にびっくりしました。

そう思うと、意図したわけではないかもしれませんが、この展示順で構成した国立西洋美術館の学芸員の皆さんのセンスに脱帽です…。

 

 

 

レックス(王)

1909年

 

 

最後の作品です。

今回の彼の作品の中でも一番の大きさで、世界観もかなり難しく、私が理解できる範疇をこえていました。

他の絵でもたびたびこの「王(レックス)」という単語が出てくるのですが、調べてもレックスというリトアニア語はないようなんですよね。

きっと、チュルリョーニスを研究している学芸員の方にはなぜこの単語を多用するのか分かっていると思うのですが、私は分からないままでした。

図録とか見たら載っていたのかな…。

ということで解説にも「謎に包まれた大作」と書かれていたこの作品。

様々な時間軸、場所、思いが交錯して1枚の絵に残されたような壮大な雰囲気があります。

「王」というタイトルですが、王冠や人の姿は見られず、個人的にこの「王」とは世界そのものを示唆しているのではないかと感じました。

 

なんにせよ、こうした唯一無二の独創性とセンスが光った作品でしたね。

 

 

ということで、長くなったチュルリョーニス展の感想もここまでです。

今回の企画展のおかげでチュルリョーニスについて、そしてリトアニアについて少し知れた気がします。

最初は行く気がなかったけれど、本当に行ってみてよかったです。

やっぱり、こういう学びのある空間に足を運ぶのが私は大好きなんだな、と感じました。

 

 

 

 

​富嶽三十六景 井内コレクションより


さて、チュルリョーニスと抱き合わせでやっている、富嶽三十六景ももちろん見てきました。

ほとんどの方はこっちがメインなのかな。

とにかく人が多くて、見るのが大変でした。

どうやら国立西洋美術館が2024年に寄託された作品を初展示するそうで、かの有名な富嶽三十六景全46作品を一挙に、また数点は透かしで見られるということで、かなりの人が集まったようです。

本当はじっくり見たかったのですが、チュルリョーニスで頭を使い過ぎでもうヘトヘトだったし、狭い空間に人がたくさんいたので、混雑疲れもしてしまい、20分ほどでサッサと退場してしまいました。

外国人にも人気のある作品なので常設展に移してくれ~!

 

ということで、写真を撮った数枚をご紹介しておきますね。

 

神奈川沖浪裏

 

 

凱風快晴

 

凱風快晴(青い摺りのver.)

 

山下白雨

 

甲州犬目峠

 

武州千住

 

武州玉川

 

 

 

神奈川沖浪裏(特別展示ver.)

 

 

 

信州諏訪湖

 

 

 

駿州江尻

 

東海道品川御殿山ノ不二

 

(裏)

 

諸人登山

 

 

版画だし、今までもすみだ北斎美術館とかで見たことがあったので、そんなに目新しいものはないかなと考えていたのですが、やっぱり版画にも最初に刷られた方が美しく、後期のものは細かい描写がつぶれてしまうとかあるのですね。
そりゃそうか。
あたり前だけど、神奈川沖浪裏でそれがしっかり説明されていて、すごく納得しました。
そう言われると、世に出回っているものの中でも質のよう初期作品を集めたくなる気持ちも分かります。
今回のものはそういった点で、すごくものが良かったので、寄託してくださった井内さん(どんな方かは全く存じ上げませんが…)には感謝ですね指差し
 
 
 
 
 
 
ということで、過去最長レベルのブログを書いてしまいました。
ここまで読んでくださった方がどれくらいいるか分かりませんが、最後まで自己満足にお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。
 
この企画展は2026年6月14日(土)まで行っておりますので、少しでもご興味がございましたら、ぜひ足を運んでみてください。
 
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございましたニコニコ