年間50箇所 "音のモトを探す旅" ピアニストの全国周遊記 -9ページ目

年間50箇所 "音のモトを探す旅" ピアニストの全国周遊記

情景描写ピアニストの挑戦を綴ります。
車中泊、下道運転で全国各地をめぐり、情景を音楽に描写していきます。
絶景や音楽で癒されたい方、旅に出たい方、ピアノが好きな方、読者登録してくださいね。

直島編第1弾はコチラ♬→https://ameblo.jp/maapf/entry-12406765100.html



やっと出会えた黄色いカボチャ❗️
草間彌生さんの作品✨
世界各国から観光客が来ていました!

直島の魅力は、瀬戸内海の風景斬新なアートが組み合わさって、世界中の他に無いオリジナリティーある風景が生まれていることだと思います😊


例えばこの作品がごく普通の美術館で展示されているのと、
海をバックにポツンと存在しているのでは、アートの持つ世界観がずいぶん変わるはず。

この地にしかない風景込みでやっと、1つのアート作品になっているんだと思います✨



世界各国から人が集まるのは、ここにしかないものを求めてくるから。


アートだけでなく、音楽もそのようなものになってほしい。
私は、地域密着型の音楽がそのような可能性を持っていると思っています。

そこにしかない音楽、そこにしかない情景、それらをオリジナリティとして最大限に活かしていくことで、世界中から注目されるエリアに成長できると思います。


ふるさとからの挑戦より
映像作品達♬☺️


この日は初めてベネッセハウスに宿泊❗️



憧れのベネッセハウス✨
高くて手が出せない、行けるのは何年後か❓(笑笑)とずっと思っていましたが、運良く親戚の方から株主優待券いただけたので1番手頃なパークホテルに宿泊してきました✨




ホテルのラウンジにピアノ発見しました❗️

こういうピアノを見つけると弾きたくなります、、



受付の方に頼んで許可をいただきました✨^^




スマホで少しだけ即興録音してました✨
このまま何時間でも弾きそうでした笑笑




ベネッセミュージアムはそれはそれは感動的なアートやワクワクするアートで沢山❗️
写真は撮影していませんが、こちらはとあるエリアの一部✨



全部見られないぐらいたくさんのアートで溢れたベネッセミュージアム、素敵です✨




そして❗️
ずっと楽しみにしていた朝食バイキング❗️
その場で焼いてくれるオムレツに、自家製ジャムやスモークサーモン、カラフルなミニトマト、、✨

ヨーロッパにいると錯覚しそう!
外国語が飛び交う中、朝から綺麗な海を見ながらゆったり朝食を食べたのは忘れられません♬☺️




ホテルの中にあるこの作品は、実は前までウシガエル🐸が住んでいたそうです!
今はいなくなってました笑笑✨

 

直島から、フェリーに乗って次の目的地豊島に向かいます♬☺️
フェリーを乗り継いで島を巡っていくのも楽しみの1つです




この日はクラゲが大量発生していました❗️


ワクワク、、、
豊島はどんな所だろう❓



豊島に到着❗️
帰りのフェリーもしっかりチェックして♬
いざ島巡り❗️


豊島でも電動自転車を借りてスタートです♬


つづく😊✨


山地真美

★★★★★★★★★★


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★★★★★★★★★★

前編はこちら↓


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

上京してからは、ピアニストとして本当にゼロからのスタートでした。


上京先にピアノも無ければスタートも遅い。
4人部屋は2段ベッドで、それぞれに洋服ダンス1つのデスクが1つだけ。
私以外の3人はみんな4歳下の子達で、はじめましてのメンバーで2年間を共に過ごします。


熊本の子に、香川の子に、福岡の子。みんな芸術やテレビ業界のことを学ぶ為に上京するような、とても個性的なメンバーでした。今でも4人部屋時代のメンバーは特別です。

毎晩笑い転げて、一緒にご飯を食べたり大浴場に行ったり。知り合いも親戚も東京にいなかった私には、この4人部屋が家族みたいでした。偶然の出会いが、かけがえのない大切な出会いになりました。


もちろん4人部屋にピアノはなかったので、2段ベッドの足元に61鍵の小さなキーボードを置いて。
冷暖房のない4人部屋で、ひたすら楽曲研究を進めていました。夏場は一台の扇風機、冬場は湯たんぽ。冬の寒い時期の練習は、指が痛くなりました。

音楽学校に通いながらのそれからの数年間というものは、自分にしか実現できないピアニスト像を
ひたすら探し続ける毎日でした。




ピアノが弾けるピアニストなんていくらでもいます。私より音楽を学んできた人は星の数ほどいます。

そんな中ピアニストとして、私にしか出来ないことは何か。
遠まわりしてこの道を選んだ私にしか見えない視点で、音楽に携わることはできないか。


〜〜〜〜〜




日々模索していく中で、はじめたのが作曲活動でした。
出来てくる曲は、大学時代にみてきた岡山の美しい風景を描いたものばかりでした。毎日東京の満員電車で通学していた私の心を支えていたのは、ふるさとの原風景でした。

大好きな岡山、
でも東京ではあまり知られていない岡山。

【岡山の魅力を作曲して、
この東京の地で音楽で発信していこう】

これは私にしか出来ない事だと確信が持てました。どんな素晴らしいピアニストにも出来ない事を、やっと見つけられたと思いました。
私の活動テーマの第一歩が、この時から始まりました。東京でコンサートをセルフプロデュースしては、映像や写真で岡山を紹介しながら演奏していくスタイルを確立していきました。



岡山の魅力を岡山の人にもっと再認識してほしいという想いから、岡山での音楽活動を増やしていくようになりました。自分の足での挨拶周りからスタートし、多くの方に応援いただきながら少しずつ活動は広がってきました。

活動を始めたてで私が全然岡山で知られていなかった頃から、活動内容に共感して損得勘定なしに力を貸してくださる方が沢山いらっしゃて、応援してくださった方々に本当に心から感謝しています。


成功するまでもう帰れないと思っていた岡山に、
今度は魅力発信する立場として帰ってきた。

今では岡山が私を支えてくれています。
人生って本当に分からないですね。



〜〜〜〜〜



「岡山の魅力、日本の魅力を音楽で世界中に発信していく」ことをテーマに掲げてから約6年間、ただただ一心不乱に進んできました。  

地域の魅力発信は、音楽と組み合わさることで大きな可能性をもつという確信があります。

今までクラウドファンディングを通してイタリア、アメリカ、中国等の海外挑戦をする中でも、音楽が地域の魅力発信のツールとして大きな力を持つことを実感し、間違っていないということに自信を持ちました。


音楽は世界共通言語であると同時に、
時代を超えてもメッセージを伝えることができるという素晴らしい可能性があります。

娯楽、芸術という側面だけではなく、普遍的なものとしてメッセージを伝えられる重要なツールになるのです。

今の私が過去の作曲家から音楽を通じてメッセージや想いを受け取っているのと同じように、
私も今の日本の情景の美しさや魅力を世界へ、100年後の未来へ伝えていきたい。


100年後には、世界中で岡山の魅力を描いた曲が演奏され、歌い継がれ、街中で流れている状況をつくることに今後の人生を全うしていきます。


今まで様々な大自然の中で演奏し、音楽で情景を描きつづけてきました。
音楽で様々な歴史人を伝えてきました。
岡山を題材とした楽曲は40曲以上になってきました。


このように受賞という形で一つの評価をいただけたことは大きな自信に繋がり、また新たなスタートを切ることができます。



ごく普通の一般家庭に生まれごく普通に育ってきた私が、音楽の道に踏み出すまで。

踏み出してから、今の活動に至るまで。

長文にお付き合い下さりありがとうございました。


今の将来を迷っていたり、何かに踏み出せないでいる人達に、少しでも勇気を持ってもらえたらと思います。
まっすぐと迷いのない人生の歩み方を、今後もしていきたいと思います。



オカヤマアワード2018 授賞式に出席させていただきます。(11/19 ルネスホールにて)
オカヤマアワードでレッドカーペットを歩かせていただける自分、そんな日が来るとはきっと上京したての頃の私は思ってもいなかったと思います。





これから新しいスタートを切ってさらに飛躍できるよう、引き続き応援いただけたら嬉しいです。

これからも受賞者としてふさわしい活動をしていけるよう頑張って参ります!

おかやま観光特使
情景描写ピアニスト
山地真美(Beneroot)





公式LINEでは最新動画配信や、
メッセージ受付・リクエスト投票企画・
クローズドな内容も配信していきます!
皆さんとコミュニケーションもとれる
私の大切なつぶやき場です😊
登録して、たのしみにお待ちください✨

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山地真美

岡山大学法学部法学科卒業。おかやま観光特使。
2015年カンヌ国際映画祭入選作品「ORIGAMI」(出演Gackt) メインテーマ曲、劇中曲担当。
現在放送中のBSフジ番組「ブレイク前夜」音楽担当。
CanonのCM(国内版/海外版)に楽曲「セピア色の風景」提供。

イタリアにて行われた第25回イブラグランドプライズ国際音楽コンクール作曲部門名誉賞及び、審査員特別賞受賞。
これまでにアメリカロサンゼルス、中国上海でも公演を行い、「情景を音楽で描く日本人ピアニスト」として各国メディアにも多数取り上げられる。
全国放送日曜ゴールデンの2時間スペシャル番組「全国百選鉄道の旅」にてメイン旅人兼ピアニストとして出演。

オカヤマアワード2018 特別 音楽賞
 受賞致しました✨



いつも沢山の応援をありがとうございます。
この度、オカヤマアワード2018にて
【特別 音楽賞】を頂くことが出来ました。

山陽新聞記事

その年に様々な分野で最も活躍してきた若手を顕彰するオカヤマアワード。
昨年は、あの舞台に立ちたいと憧れていた場所でもありました。




投票してくださった方はもちろん、日頃より
活動を応援してくださっている皆さんに
感謝の気持ちでいっぱいです。

特別 音楽賞は、2013年のLugz &Jeraさん以来5年振りということで、喜びもひときわ大きなものとなりました。


振り返ってみれば、ピアニストを志したのは大学4年の時。それまでの私は、普通科高校に進学し、地元の岡山大学法学部に入学するという、ある意味スムーズすぎるような人生を送っていました。
大学3年から就職活動を始めました。面接まで順調に進み、このまま岡山での仕事も決まりそう。

しかしその時から、私の人生は少しずつ変わっていきました。


〜〜〜〜〜

小さな頃からピアノはもちろん大好き。5歳くらいの頃、実家の一室にピカピカのアップライトピアノが来た日のことは今でも忘れません。飛び跳ねて喜んだ記憶があります。

ピアニストになるぞ!という想いで音楽を学んでいたわけではありません。多くの人がそうであるように、私もすぐ近所のピアノ教室に通い、ごく普通にピアノを習っていました。
発表会に出て、学校の合唱でピアノ伴奏をしたり、時々コンクールに出たりはしていましたが、その程度です。
昔は人前で堂々と演奏したりするような性格ではありませんでした。ピアノを習っていたのを知らない人もいたくらいです。でもピアノが大好きで、学校から帰ると好きな曲の練習ばかりしていました。
音楽とは無縁のごく普通両親で、練習しろと言われたことはおそらく1度もありません。練習のしすぎで、「そろそろ終わらない?」とむしろ言われていた程です。笑





音楽高校や音楽大学に進んでみたいという気持ちも心の奥底にはありましたが、自分の将来の可能性を早い段階で絞ってしまうことに抵抗も感じ、踏み出せずにいました。

選んだ高校は進学校。音楽以外のことを知った上で将来を考えようと思っていました。
大学は、就職に有利な地元岡山大学。法学部を選んだのは、正直なことを言えば幅広い業種に有利だと思ったからで、今思えば何とも消極的な選択理由でした。


それでも岡山に住んでいれば、ピアノを変わらず弾いていけるという想いもありました。
大学時代はアルバイト4つを掛け持ちしては、貯まったお金でピアノコンクールに挑戦したり、海外旅行、車を買って岡山中を観光したり、人生を歩む上での様々な経験をしました。

このときに私は【岡山が大好き】な人間になりました。こんなにも綺麗な場所がたくさんあって、美味しいものもたくさんあって、気候もいい。

学校では教えてくれない【岡山の本当の魅力】をはじめて実感できたのは、この大学時代でした。






この頃の私は法学部にいながらも、単位交換で音楽大学の授業を受けに行ったり、教育学部の先生に大学のピアノ練習室を貸していただいたりしながら、気が付けば大好きな音楽のことばかりが頭の中に広がっていました。

しかしながら、音楽の道に踏み出すだけの自信がどうしてもありませんでした。
音楽の道に進まない理由なんて、探せばいくらでもありました。


●仕事として難しい
●ピアニストとして成功する人はほんの一握り
●大学に進んだ時点で、スタートが遅い
●音楽を学ぶにはお金がかかる
●グランドピアノの練習環境がない
●せっかく進学したのにもったいない



進路に迷う度に、このような理由が邪魔をして、音楽の道に進まない選択を取るようになっていました。
というより、
【他にやりたい仕事、向いている仕事がきっとある】と根拠のない思いを抱いて、音楽は趣味でやっていこうと思っていました。

本当は挑戦したい自分の気持ちをその理由で押し殺すようになっていた、という方が正しいかもしれません。




その頃から、バイトと掛け持ちで様々なピアノコンクールに挑戦し始めました。
音楽の道に挑戦していく自信や、自分が本当に音楽でどこまでできるのかを試したかったのだと思います。本当にがむしゃらな日々でした。

結果として、ショパン国際ピアノコンクールin ASIAのアマチュアソロ部門で銀賞受賞他、色々なコンクールで受賞ができ、そのころから音楽に挑戦したい想いが膨れ上がってきていました。


こんなに一生懸命になれる自分は、音楽に挑戦している時以外には見つかりませんでした。


〜〜〜〜〜




大学3年の頃、就職活動をはじめます。
向き不向き、好き嫌いに関わらず、全ての業種の説明会に行きました。きっとどこかに自分に向いている仕事があるだろうと思っていました。見つけなければとも思っていました。


しかし大阪と岡山をバスで行き来する日々が増えていく中でも、自分が一生懸命になって挑戦したいと思えるものは、音楽以外に一向に見つかりません。

「やっぱり音楽に挑戦したい」

その想いがどんどん膨れ上がってきた頃、
就職活動中に大阪で立ち寄った本屋さん。


時間の合間に何気無しにふらっと売り場を歩いていくと、一冊の本が目に入りました。
【癒しの音楽】と書かれた、薄っぺらい本。
なぜか気になり、手に取りました。


岡山までの帰りのバスの中でその本を読み進めるうちに、心が興奮してドキドキしてきました。
その本は、音楽の効果を科学的に分析・証明されている本で、音楽療法の可能性について細かく記されていました。

「音楽には、エンターテイメントや芸術という枠を超えた大きな可能性がある」


娯楽や芸術に収まらない音楽の可能性にワクワクして、そのバスの中で私の決心がついたんです。


「音楽の道に、挑戦しよう」



決まりかけていた地元就職先に、最終面接で辞退の旨を伝えました。音楽の道に進むのだと発言したとき、面接官の方は驚きつつも、エールを送って下さいました。
周りからは、そんないい就職先を辞退するなんて勿体無いとさんざん言われましたが、ここまで来た私の想いはもう揺るがないものになっていました。


全ての業種を見てきた上でも、やっぱり私には音楽しかない。音楽の可能性を信じて挑戦したい。

この頃の私には、音楽の道に進まない理由がもうありませんでした。挑戦したい想い、一生懸命になれる熱い想いが、全てを吹き飛ばしてくれました。



行きたい専門学校が東京に見つかり、東京都内で一番安い女子寮に入ることを決めました。一か月18000円の4人部屋。誰と暮らすかなんて関係なく、どんな生活であっても音楽を学べること以上の幸せはないと思いました。
在学していた岡山大学の法学部は、無事に卒業が決まりました。



当初両親は上京を反対していましたが、その頃の私はワガママだった為、音楽の道に進みたいという想いを無理矢理押し通していました。
あんなに仲の良かった母とも、口も聞かない冷戦状態が一年近く続きました。この頃は本当に家庭内が暗く、笑顔もない日々が続きました。


しかし最終的には、両親は涙を流しながら優しく私を見送ってくれました。

東京行きの新幹線にのり、手を振る両親が小さくなっていく様子を見ながら、あんなに自分でワガママを通した上京なのに、大好きな岡山や大好きな人達と別れる寂しさが急に込み上げて涙が止まらなかったのを思い出します。



音楽で成功するまでは、
こうして出て行った岡山にはもう帰ってこれないだろう。
そう思っていました。


〜〜〜〜〜