パーキンソン病を患っている姉が階段の多い家では暮らせないからと

娘夫婦の近くのマンションに引っ越したので、

独り暮らしを楽しんでいる。。

 

暑い夏も過ぎ、東京それなり快適暮らしに、

愛媛に引っ越したいのかどうかもわからなくなってきたこの頃、

やはり秋の臥龍山荘を味わいたくて、愛媛に行って来ました。

 

久万高原在住のM君も遊びにおいでよ。。というので

では、雪の降る前にと今回の愛媛は久万高原にお出かけ。

 

取り合えず到着した日はM君の友人方も来ていて、

イノシシ鍋をたらふく。。で翌日のんびりしているので、

行かないのかな~ま~明日でもいいか~

とのんびりしていたら、午後になって行くと言う。

ースッカリ振り回されパターンかも知れない。。と思いつつも

久しぶりの運転にいきなりの山道+夜道の運転で

気持ちがパツンパツン!!

 

 

いや~~しかし団体客をかき分けながら陣取った臥龍山荘の不老庵の気持ちよさ音譜

やっぱり光に包まれる。。

ーそこは後から来た団体客に譲らず、早めのお帰りを願うー

 

 

翌日はうどんを食べに行ったら地元在住の遺跡発見などをしている人と知り合い、

案内してもらいがてら、家まで送り。。。

目いっぱいその人からエネルギーを吸われまくる。

 

朝もやの久万高原を見物に展望台に行けば、

展望台を作った方のちょっと自慢話を聞く羽目になる。。

等々、地方ではあるあるの流れで、

ちょっと疲れて、なんだか体も重くて動けないなぁ。。

 

と思いつっも綺麗なウスタビガの訪れに和む久万高原の夜。。

手乗りウスタビガなどして遊びました。

 

 

翌日はアッ!という間の久万高原在住も終わり、

M君の調べているおじい様の画家がらみで

早朝から今治まで行くことになっていたのですが、

なんだかナニかが乗っかっていて起きれない。

 

意識はあるのに目が開けられない状況で、

誰かいるのか問いかけると『久万高原の森の神様』という存在がコンタクトしてきた。

 

『昨晩、使いを送っただろう』というので、あぁ、あのウスタビガはそうだったのか。。

と合点が行ったけど、どうにも重くて動けない旨を伝えると、

体に少しづつ入りながら息を吐かせてくれたので、少し緩んで楽になる。

曰く『話が出来る者が久しぶりなので、力加減が。。』ということだそうだけど、

『こちらに来たければ歓迎するし、住める流れも用意するけれど、

どちらでも良い、お前は自由だから。。』と伝えて来た。

 

津軽でも屋久島でも、他の所でも手元に置こうとする自然の存在ばかりだったので、

この自由にして良いよ~~というのは嬉しくて涙がこぼれた。

 

おまけに『久万高原の子をよろしく』と頼まれたのは、M君のことだろうか。。

 

正直、連日の山道運転でヘタレていたので、

真っ直ぐ松山に戻って車を返したいと思っていたのだけど、

最後にその『久万高原の森の神様』にシュワァ~~とエネルギーを注がれて、

疲れが取れたので行くことになりました。。

 

さすが神様が用意しただけあって、小学校に寄贈されていた絵も、

なんなく見れたし、返却の遅れたレンタカーも無料で延長出来て、

神様の流れは上手くなってるなぁ~~と感心ドキドキ

 

アッという間に他の知り合いにも会えず、

今回の愛媛の旅は終わったのでありました。

 

ー否、又、行く。。

 

 

 

9月になって涼しくなったら、

愛媛に家を捜しに行こうと思いながらも…腰が重い。。

 

春から始めたゼルダの伝説もどうにかクリアして、

(100%には至らぬ99.09%でした。。コログの実が2つ取れなかった!)

心置きなく…と思う矢先にひどい風邪を引いて寝込みました。。

 

東京でのクーラー付けっ放し生活が祟ったかな~~

なんて思っていたら、

その後にどうしたら良いのか分からないくらいの落ち込みが

ド~ン!とやって来ました。

 

ゲーム終盤の追い込みでろくに食事もせずに体調管理は最低路線を走ったから、

気持ちも落ち込むのは分からなくもないけれど、

もうね、全てーこれまでの自分の人生と人格と存在価値など

思いつく限り否定しまくって、気管支ゼェゼェ、胸がキリキリってしたところで、

あぁ…いつ死んでも良いように生きようと思っていたのを

忘れていたと。。体の痛みが思い出させてくれました。

 

 

幼児期に何かあるとすぐに倒れていて、具合が悪くなってしまう私を

医者が「長生きはしないでしょう」と言ってくれたのを聞いていて、

では、いつ死んでも良いように生きようというのが指針でした。

 

しかし、我慢をあまりしないでいたら、いつの間にか丈夫になって、

アレッ?死にそうにないなぁ~~しかし…今さら路線も変えられない。。

ま~~いいか。。で今に至ってました。

 

ここ数十年は両親の介護生活から人間関係に巻き込まれていて、

いつの間にか死を意識しない生活になっていたと気づいたのです。

 

で、再び、死が間近に迫っていたら。。という質問を自分に投げかけて

一番にやりたいことは。。という質問の答えは。。

 

積み重なった本でいっぱいの部屋の整理と引っ越しが出来るように

荷物を整理する。。というものでした。。

 

愛媛に引っ越したいと思いながらも、

イメージが湧いてこないとか、具体的に動けないでいるのは

茶でいっぱいの茶碗には、何も入らぬということでありましょう。

 

掃除を!と思いながらも足の踏み場もないような部屋に

二の足を踏みがちな自分を追い込む為に、

久しぶりにブログに書いておきます。

愛媛に帰って来ています。

 

って、未だ住んでいないけれど、

気持ちはここにあるのを再確認してます。

 

今回は友人のゆかりちゃんに愛媛の素敵なところを案内したくて&

色々とここが良いよと紹介してくれた方々に、

ご挨拶しないと先に進まない感じがあって、

それをしておこうとの駆け足旅行。

 

猛暑の中でのヘタレ旅行ですが、

どうにかなってます。

 

 

勿論、大好きな臥龍山荘には到着の翌日に行って、

無事を確認しました。

大洲も豪雨で被害を少なからず受けていたから、

観光客も殆ど居なくて、貸し切り状態でした。

 

実際に被災した土地に観光で行くのってどうなのか。。

という戸惑う気持ちもあったけど、

逆に観光客が戻っても大丈夫と分かっていただける方が嬉しい。。

と地元の方々から言っていただけて、

ホッと胸を撫で下ろしながらの観光です。

 

さて、臥龍山荘ーこの暑さの中にあっても清々しく、

強い日差しの中での美しさを発揮しています。

秋や冬の姿も見たいものだわ。。と思いながら、

人気の無いことを幸いに、奥の不老庵でゴロゴロと寝っ転がりながら、

『あぁ〜大好きだわ❤️』と思うとその空間からも

『こちらもだよ』と感覚が返ってくるような。。

 

なんなのだろう。。

このシンパシーは。。

と思いながらいれば、大洲のあちらこちらで

その日は臥龍山荘が好きでたまらない方々に会いました。

 

極め付きは夕食を食べに行った時のことです。

隣の席に座られた大洲からあまり出たことの無いというご婦人が

「臥龍山荘は昔、夜になるとお姫様が現れて、

姿を確認しようとしたら、

龍になって淵に飛び込み消えてしまった。。という事があったのよ」

というお話を伺ったこと。

 

そういえば夜の臥龍山荘の姿を見た事が無かった。。

と思い、行ってみようかと向かいます。

 

夜の大洲は静まり帰っています。

臥龍山荘の辺りも全く人気がなく闇の領域かな。。

と思われるところを臥龍山荘脇の坂道を登っていた時に、

 

川辺の人がいるとは到底思えない方向から

 

「ヒィイ〜イイ!」

と悲鳴のような、呼びかけているかのような

異様な声が響きわたったのです。

 

思わず友人と顔を見合わせて「人の声っぽかったよね。。」

と言いながらも、あっちは行かないようにしようと

ちょっと固まりながらも歩いて行ったら、

再度

 

「ヒィイ〜〜イアァ!」

 

と聞こえたので、帰ろうかと道を戻り始めたら、又。。

 

無言でその場を立ち去る私たちです。

 

 

宿に帰り着いてから、お姫様の出現ならぬ、

美女の町娘の元への通い婚バージョンも聞きました。

 

いずれにしろ、魅了される領域には魔的なモノも住んでいるのだろう。。

ろあの声が耳に残る今では思うのでした。