人生の棚卸しの続きです

20代編

この年代もヘビー笑い泣き



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就職して毎日の生活に追われ

忙しくしていました。

父は単身赴任。

高校生の弟のお弁当作りから洗濯、

夜ご飯作り

私ばかりにふりかかる。


頑張ってても何故か

母方の叔母さんからは、亡くなったのに

寂しくないの?とか、冷たいとか、

心無い言葉をうけたりして笑い泣き


悲しくないわけないやん

なんかそんな風に見られがち

強がってたのかな


でもね

しんどい事ばかりではないですよウインク


習い事や旅行

遊びに飲み会に合コン(古いかな?)

も忙しくてそれなりに楽しんでました口笛

暇でいることをがもったいと思ってたし、

なんか用事や遊びをつめこんでましたね。



会社の同期が社会人サークルを立ち上げていて、私も加入して遊んでいたのですが、そこで知り合ったのが今の主人です。

知り合って1年ちょっとで結婚。

結婚は遅いか、結婚はしないかもと

思ってたので、わからないもんです照れ


大阪を離れて滋賀に住み

2年で京都へ。

2人目の妊娠中に

またある知らせが入るのです……






























   兄が肺がんになった






父親から連絡を受けました

母の死から10年ほど経ったときです

もう末期でした

よく腰が痛いと接骨院めぐりをしていたらしいですが、よくならず、よくよく調べたらそうだったようです。

結婚していて、私の長男と同い年の

1歳の女の子がいました


自分本意でなんか大人になってからは好きになれなかったけど、仕事は頑張ってたし、なんかあれば気前いい兄でした




なんだかな……




手術はできず放射線治療をしていたと

記憶しています。

私が里帰り出産で実家にいる時、

父親も病院の付き添いをしていて、

その日はなんか父は暗く不機嫌で

私もなんと言葉をかけていいか分からず

どんよりした空気が流れていたなあ




最後はモルヒネをうっても

効かないぐらいの痛みにたえ、

病気がわかってから1年半。

8月の暑い日でした。













連絡をうけて兄のマンションに訪れ

対面した時のこと、

お嫁さんが台所で泣きくずれていた事、

今もずっと心に残っています



誕生日を1ヶ月後にむかえる29歳の時

でした。





続く