「ヒトラーの経済政策」 武田知弘 (祥電社出版)


1、世界大恐慌後、世界でもっとも早い経済回復

ヒトラーは1933年1月政権を取った。

第一次世界大戦(1918年終結)後、ドイツは各国から多額の賠償金を
請求され、最大の工業地帯ルールをフランスに占領されたり、通貨の膨張
によるハイパーインフレなどで、経済は極度に疲弊していた。


経済が回復しかけてきたところに、1929年のニューヨーク発の世界大
恐慌が起こった。ドイツは国内第2位のダナート銀行が倒産するなど深刻
な金融危機、やがて、大不況に陥った。


国民総生産は世界大恐慌により35%減少、失業者は1932年には約
560万人、労働者の3分の1が失業していた。


しかし、ヒトラーが現れてから、三年後、失業者は160万人規模まで減
少、世界恐慌前の1928年の状態にまでドイツ経済を回復た。1936
年の実質国民総生産はナチス政権以前の最高だった1928年を15%も
上回っている。世界恐慌で大きな被害を受けた国の中ではドイツはもっと
も早く回復した。



2、ヒトラーはどのように経済を回復させたか?


ヒトラーというと軍事国家のイメージが強く、莫大な軍事費を使ったよう
に思うかもしれない。しかし、実際はナチスの初期は軍事費は少なかっ
た。1942年までは国内総生産に占める軍事費の割合は、イギリスより
も少なかった。


ナチス (国家社会主義ドイツ労働者党) はそもそもは労働者のための党
であり、大衆政党を目指していた。そのため、まずはドイツ社会最大の問
題である失業にその勢力を傾けた。


1933年帝国地方長官会議でヒトラーは 「われわれのなすべき課題
は、失業対策、失業対策、失業対策だ。
失業対策が成功すれば、われわれ
は権威を獲得するだろう」と述べた。実際、政権を取った後、まず一心不
乱に失業対策を講じ、これを成功させた。


ヒトラーが行ったのはアウトバーン(高速道路)をはじめとする公共事業
である。
ケインズが修正資本主義を表明する前である。公共事業と聞くと
我々はよいイメージを持たないが、最近の日本の公共事業のように意味の
ないものとは違う。


ヒトラーは公共事業を「かつてない規模」で行った。ヒトラー以前の公共
事業は、3億2千万マルクにすぎなかった。しかし、ヒトラーは初年度か
ら20億マルクの予算計上した。この思い切りのよさ
がドイツ経済復興の
最大の要因だ。それまでの公共事業の数倍をたった一年で費消してしまう
ものだ。


アウトバーンの計画はヒトラー以前にもあったが、桁はずれの規模といっ
てよかった。ヒトラーがアウトバーン工事を始めて、三年後には1千キロ
が開通、戦争中も工事は続けられ、終戦時には4千キロになっていた。日
本の高速道路は現在でも総延長は6千キロだが、これと比べるとその規模
の大きさが分かる。


アウトバーンの建設はドイツの科学技術を結集したものだった。車三台が
並んで走れる広い車線、交差点や踏切がない立体交差、居眠り運転を防ぐ
ための適度なカーブなど、道路建設技術・人間工学の最先端を行くもの
だった。日本でいうサービスエリアも作られた。世界中の高速道路のモデ
ルとなった。



3、では、どうやってヒトラーはこの大規模な公共事業の資金を捻出したか?


ヒトラーは世界的に有名な金融家のシャハト博士を口説いた。ドイツ帝国
銀行の総裁、経済大臣の重要ポストに非ナチス党員であるシャハト博士を
就かせた。


シャハトは国債を発行し16億マルクの資金を捻出し、前期の公共事業費
の未消化分6億マルクとあわせて22億マルクを作った。実はこれはだれ
にでもできることではなく、シャハトにしかできないことだった

ドイツは第一次世界大戦後、莫大な賠償金を支払うために、紙幣を乱発し
天文学的なインフレ「ハイパーインフレ」を引き起こした。この記憶がま
だ生々しいときに、インフレを誘発する国債を発行するなど、普通のドイ
ツ人にできるものではなかった。

シャハトはそのハイパーインフレを収束させた伝説の人だった。だからこ
そ、「危険な国債」を発行できた。


もちろん、シャハトは、インフレが起きないように綿密な計算をした。
シャハトはどの程度なら国債を発行してもインフレが起きないかを計っ
た。そして、16億マルクという数字をはじき出した。この金がドイツを
救った。


16億マルクを作ったのは、シャハトの功績だ。ただ、ヒトラーがシャハ
トを選んで、ナチス前半期の経済責任者に就かせたということは、非常に
意義深い。

ヒトラーというと、独断的な政策運営をしていたと見られがちだ。しか
し、実際のヒトラーは、有能な人材を見つけ、大仕事を任せることもあっ
た。シャハトはその典型例だ。



4、公共事業についてナチスのように絶大な効果をあげた国はない。なぜ絶大
な効果があったのか?


日本の90年代の公共事業の規模は500兆円、国の歳出の6,7年分。
ナチスはアウトバーン建設の最初の年でも、投入された金は歳出の30%
程度。支出規模なら日本の90年代の公共事業のほうがはるかに大きい。


ではナチスの公共事業は日本のとはどう違ったか?


第一に、ナチスの公共事業はその支出の多くが労働者に振り分けられた。
アウトバーン建設では、建設費の46%までが労働者の賃金
になってい
た。振り分けることが決められてから事業が始められる。


公共投資においては、投資した金が、貯金に回される額が少なければ少な
いほど、景気への効果は高い。労働者の場合、低所得者が多いので、賃金
のほとんどは消費に回される。その消費がまた景気の効果を生む。経済学
でいうところの「乗数効果」というのが得られるという。


実際、ナチスの公共事業が始まってから、衣料品などの需要が増えた。衣
料業界の景気がよくなれば、それがまた別の業界の景気拡大効果をもたら
す。そのようにして短期間で産業全体に景気の波及効果があった。


一方、日本の公共事業では、投資したお金は地主や大手ゼネコンの蓄財に
回るので、消費拡大にあまりつながらない。景気への波及効果は微弱だ。


第二に、ナチスの公共事業は、適切な事業内容が選択されていたというこ
とだ。

たとえば、アウトバーン。これはドイツにとって初めての本格的な高速道
路であり、現在もドイツの大動脈になっている。ドイツの産業が活性化す
るのに大変役立っている。

自動車の販売台数を見ると、アウトバーン建設と呼応して、うなぎ登りに
伸びている
。アウトバーン建設前の1932年には4万台だった。が、建
設開始の翌1933年には7万台。建設最盛期の1936年には21万
台。 ドイツ経済にとってもっとも必要なものが、もっとも必要な時期に
作られた。

一方、日本の公共事業の場合、同じ「道路」でも必要のない道路の建設・
修復ばかり。これでは産業の活性化につながらない。


第三に、ナチスの公共事業は一定の時期に集中的に行われている。不況が
もっともひどかった1933年に、莫大な予算を集中して投入
した。2,
3年後には産業界全体の景気が回復した。


日本の90年代の公共事業では、約500兆もの資金を10年間にわたっ
て分散投資した。これではあまり活気づかない。


ナチスの公共事業が合理的だったのは地域の選挙民の機嫌を取らなくてよ
い独裁体制だったからということはできる


地域の利権が絡んでいる日本では、公共事業を行っても地方の金持ちを潤
うすだけで、そうそう経済効果をあげられるものではないということにな
るが。



5、さらに、ナチスのすごいところは公共投資で経済を復興させるだけでな
く、投資した金を回収するシステムもつくっっていたことだ。
お金を出
しっぱなしにしているわけではなかったのだ。



ナチスは景気対策で企業の業績が上向きになったのを見て、配当制限法と
いう法律を作った。これは企業は資本の6%以上の配当をしてはならな
、というものだ。
6%以上の利益が出たら、公債を購入することが義務
づけられた
。 公共事業で投資した金により、景気回復され、企業の収益
が上がったときは公債を購入することになる。


個人について、個人は賃金が増えた分を貯蓄に回すように奨励された。財
形貯蓄のような制度だ。

日給の労働者は一日1マルク、週休のものは6マルク、月給のものは26
マルクを
国の作った共済に積み立てれば、積立金の利子には税金がかから
ない
。定期預金のように満期までは引き出せないが、利子は引き出すこと
ができた。また
貯金した金額は、所得税の対象となる収入から除外され
。強制加入でもないのに、加入者は400万人以上に達し、1942年
の時点で総額650億マルクにもなった。


このほかにもナチスは様々な形で貯金を奨励した。1938年か1942
年の間に個人貯金は4倍になって446億マルクになった。こうして
集め
られた貯金はほとんどが国庫へと向かうことになった


そして、銀行の資金も公債に向かうことになった。国全体の儲けは、公債
購入という形で国庫に戻ってくるようになっていた
。ナチスが莫大な出費
を重ねつつ、破綻しなかったのは、こういうシステムがあったからだ。


結局は敗戦により多くの財産が失われたが。


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