3/28に次女が亡くなり あれから1カ月以上経っても、なかなか最期の最後まで書き終わる事ができないなぁ。

ん〜〜エネルギー吸い取られる感じショボーン

でも忘れないように。。。


の続き

検死が始まり、私は 少しふっくらした優しそうな警察官に呼ばれた。

「旦那さんは後ほど別でお話を聞かせてもらいますが、まずはお母さんにお聞きします」

その時まだ夫は病院に到着していなかった。

私は警察官に事業所について聞かれた。

普段の対応など。

私は、

事業所の方たちには感謝しかないこと。

次女を娘のように可愛がってくれたこと。

話す事ができない次女の気持ちをきちんと読んでくれて次女が楽しく過ごせた事。

不満などなかったし、次女の顔を見れば
どんなに楽しく過ごしてきたかよく分かっていた。

次女は4歳から8年間も、
お休みの日、
発達センターの園の無い日、
就学したら学校の後の放課後ディサービスに通わせてもらっていた。

ずっとずっと可愛がってもらって、いつも自宅まで送迎してもらい、次女の様子を聞かせてもらっていたから、次女がどんな風に過ごしてたか聞いて

良かったね照れ楽しかったねラブラブ

と次女に声をかけていた。

次女はそこが大好きだった
ことは間違いない。

そんな話を私は警察官にハッキリ話した。

警察官も私の気持ちが伝わったことを示してくれた。

そして、

「わかりました。1つだけ確認したいのですが、、、、」

と言いにくそうに尋ねられた。

「事業所で呼吸が止まり、気づいてもらえなかったことについては、どう思われますか?」

そう、私が自分の心にフタをしたこと。

次女は幸せだったと思いたかったから、それを考えないように、考えないようにショボーン

子供の呼吸が止まったことを気づいてもらえなかった辛さ。

息をひきとる時に間に合わなかった辛さ。

もう少し早ければ助かったのか。

どうしてもチラチラとよぎってしまう。

誰かの責任とかではなく、ただ、次女が無念だったのではないかとショボーン

もし、呼吸が止まって気づいてもらえなかった事の責任を問うことをしたら⁉️





次女の8年間の楽しかった思い出を全部嫌なことに変えてしまいそうな気がした。

次女は事業所の人たちが大好きだった。

その人達への責任問題を追求したら、事業所が悪くなりすぎてしまう。

その噂が悪く悪く広がる事を全く望んではない。

それでなくても、いろいろ噂は飛び交うだろう。

次女が事業所の方達に出会った事は幸せだった。

やっぱり感謝しかないね。


警察官には、責任問題を追求することはしたくないことをハッキリ伝えた。

後ほど到着した夫にも警察官がら同じような質問をしたと思われる。

夫も同じことを伝えたと思う。

そして2時間半の検死が終わり、解剖することは必要ないと分かってもらって、長女三女もやっと息を引き取った次女に会えた。



続く





六年生の学芸会はニモのお母さん役だったよ。




1度咲き終わったと思っていたお花が再度咲いた〜〜おねがい