昨日の8月2日、家族で川越水上公園のプールへ行ってきました。

現在はネーミングライツにより、「ホットスタッフ川越」という名称になっているようです。

日曜日なので混んでいるだろうとは思っていましたが、実際は予想をさらに上回る混雑でした。

 

娘が大好きな川越水上公園

 

わが家では一昨年から川越水上公園へ行くようになり、今では娘の大のお気に入りスポットです。

毎年、少なくとも2回は遊びに行っています。

園内には、

  • 流れるプール
  • 波のプール
  • 子ども用プール
  • スライダー

などがあり、1日いても飽きません。

娘はスライダーが少し怖いようで、今のところあまり興味がありません。

そのため、主に流れるプールや子ども用プールで遊んでいます。

 

とにかく暑いのでテントは必須

 

川越水上公園は日差しが強く、足元もコンクリートなので、とにかく暑いです。

休憩場所を確保するためにも、テントは必須です。

ただし、風が強いとテントが飛ばされそうになるため、重石も用意しています。

わが家では、重石用として砂を購入しました。

駐車場から入口まではそれなりに歩くので、重石まで持って行くとなかなか大変です。

とはいえ、そこは夫が持ってくれるので、私は助かっています。

 

娘が一番好きな流れるプールへ

 

到着して最初に入ったのは、娘が一番好きな流れるプールです。

私も、特に何かをしなくても水に流されているだけで楽しいので、流れるプールが一番好きです。

ただ、昨日はかなり混雑していました。

少し娘と距離が離れると、人が多すぎて、なかなか合流できません。

いつも以上に、娘から目を離さないよう気をつけながら遊びました。

 

休憩にすんなり応じてくれた

 

川越水上公園では、プールの点検時間になると、一度水から上がる必要があります。

去年までの娘は、点検時間になるまで絶対にプールから出ようとしませんでした。

点検のアナウンスが流れてから、ようやく渋々上がるという感じです。

ところが今年は、

「もう少しで点検だから、早めに上がろうね」

と伝えると、きちんとプールから出てくれました。

流れるプールは、靴を置いている場所から離れたところで点検時間になると、熱い地面を歩いて靴の場所まで戻らなくてはなりません。

これが地味につらいのです。

今年は、靴を置いてある場所の近くまで流れてきたタイミングで上がることができました。

娘がこちらの話を聞いて、先のことを考えて動けるようになったのだと感じました。

 

帰る時間もすんなり受け入れられた

 

去年までは帰る時間になると、

「まだ帰りたくない!」

と泣いてしまうこともあり、帰宅するまでが一苦労でした。

それが今年は、午後3時45分頃に、すんなり帰ることができました。

プールの営業終了は午後4時30分頃で、閉園間際になると駐車場から出る車も混雑するそうです。

そのため、午後3時45分頃に帰れたのは、ちょうどよい時間でした。

楽しい場所から帰るのは、大人でも名残惜しいものです。

それでも気持ちを切り替えられた娘を見て、

「成長しているんだな」

と嬉しくなりました。

 

日帰り温泉に寄って帰宅

 

川越水上公園の近くには日帰り温泉施設があるため、帰りに立ち寄りました。

プールでたくさん遊んだあとに、お風呂に入ってさっぱりできるのは助かります。

娘は帰宅するまで、

「楽しかった」
「最高の一日だった」

と、何度も嬉しそうに話していました。

今年中に、もう一度行くつもりだそうです。

暑さや混雑は大変でしたが、娘が一日を楽しみ、以前よりも気持ちを切り替えられるようになった姿も見られました。

家族にとって、思い出に残る一日になりました。

娘は7歳、小学2年生です。

毎日一緒に過ごしていると、少しずつ成長していることには、なかなか気づきません。

けれど、ときどき、

「こんなことまでできるようになったんだ」

と驚かされることがあります。

先日も、娘の成長を感じる出来事がありました。

 

「一人でお風呂に入る」と言った娘

 

その日、娘は、

「今日は一人でお風呂に入る」

と言いました。

娘はもう小学2年生なので、一人でお風呂に入ること自体は、そこまで珍しいことではありません。

私は娘を先にお風呂へ行かせ、その間に別のことをしていました。

ところが、しばらく待っても、なかなか娘がお風呂から出てきません。

娘はもともとお風呂が大好きで、一度入ると長くなりがちです。

今回も遊んでいるのかな。

のんびり湯船に入っているのかな。

そう思いながら様子を見に行きました。

 

洗い場を掃除していた

 

お風呂をのぞいてみると、娘は洗い場の掃除をしていました。

私が頼んだわけではありません。

「お風呂を掃除しておいて」と言ったこともありません。

娘が自分で、

「ここをきれいにしよう」

と思い、掃除を始めたようです。

なかなか出てこないので、何をしているのだろうと思っていましたが、まさか掃除をしているとは思いませんでした。

 

手伝ってくれたこと以上に嬉しかったこと

 

お風呂を掃除してもらえたこと自体も、もちろん助かりました。

でも、それ以上に嬉しかったのは、娘が誰かに言われる前に、自分で気づいて動いたことです。

誰も見ていないところで、

「掃除をしたら家族が助かるかもしれない」

と考えたのかもしれません。

もしかすると、ただ掃除してみたくなっただけかもしれません。

それでも、自分から家のことをしようと思い、実際に行動したことに成長を感じました。

 

言われたことをするだけではなかった

 

これまでも、お願いすれば手伝ってくれることはありました。

「これを運んでくれる?」

「テーブルを拭いてくれる?」

と声をかければ、やってくれることがあります。

でも今回は違いました。

誰かに頼まれたからではなく、自分で必要なことを見つけて始めていました。

しかも、わざわざ私に、

「掃除してるよ」

とアピールすることもありませんでした。

黙って、一人で掃除をしていたのです。

その姿を見て、

「ちゃんと家族の一員として、家のことを考えられるようになっているんだな」

と感じました。

 

何が嬉しかったのかを伝えた

 

娘がお風呂から出てきたあと、私は、

「お風呂を掃除してくれてありがとう。自分からやれたのすごいね」

と伝えました。

ただ「えらいね」と言うだけではなく、私がどの部分を嬉しく感じたのかを伝えたかったからです。

娘も少し得意そうな顔をしていました。

自分の行動が家族の役に立ったと分かることは、娘にとっても嬉しいことなのかもしれません。

 

いつも自分からできるわけではない

 

もちろん、娘がいつも進んで家事をしてくれるわけではありません。

片づけをお願いしても、

「あとでやる」

と言ったまま動かない日もあります。

脱いだ服をそのままにしていることもあります。

今回のように、自分から掃除を始めることは、まだ珍しいです。

でも、いつも完璧にできる必要はないと思っています。

一度でも、

「自分で気づいて、自分で動けた」

という経験ができたことが大切です。

そういう経験が少しずつ増えていけばいいと思います。

 

子どもの成長は、見えないところで進んでいる

 

子どもの成長は、親が見ているところだけで起きるものではないのかもしれません。

今回の娘も、私に褒められようとして掃除を始めたわけではありませんでした。

誰にも言われず、誰にも見られていないところで、自分から動いていました。

なかなかお風呂から出てこないので、また遊んでいるのだと思っていた私。

けれど実際には、娘は家族のために洗い場をきれいにしてくれていました。

子どもは、親が思っている以上に、少しずつ考え、行動できるようになっているのだと思います。

勉強ができるようになることも大切です。

でも、自分で考えること。

周りを見て動くこと。

家族の役に立とうとすること。

そうした力も、娘の大切な成長です。

これからも、娘が自分で考えて動けた瞬間を見逃さず、きちんと言葉にして伝えていきたいと思います。

もう7月が終わろうとしています。

夏休みって、7月はなかなか進まないのに、8月になると急に時が経つのが早くなる気がします。

 

我が家で8月にやること

我が家では、明日、出張シェフのシェアダインさんを利用し、おうちで外食気分を味わうつもりです。

 

▶️出張シェフのシェアダインとは?家で外食気分を楽しみたい子育て家庭に。招待クーポンあり

 

実は2回目の利用です。

1回目の利用時の話も記事にしてあります。

 

▶️シェアダインの口コミ・体験談|出張シェフを実際に利用したママの正直レビュー

 

食材を事前に準備する必要があるものの、とても楽しいです。

夏休みのイベントに皆さんもいかがですか?

 

 

川越水上公園プールにも行く

そして、川越水上公園にも行くつもりです。

一昨年から行くようになって、娘がすごく気に入っていて、真冬にも「早く夏になるといいね。川越水上公園に行けるから」と何度も言っているくらい。

水に入れるので大人も涼しいし、我が家の夏イベント定番です。

 

 

森林公園じゃぶじゃぶ池も

武蔵丘陵森林公園のじゃぶじゃぶ池も、我が家では定番です。

大人も一緒に入るというのは難しいですが、森林公園は木がいっぱいなので、外にいても結構涼しいです。

 

 

行けたらファンタジーキッズリゾートも

あと、娘はファンタジーキッズリゾートにも行きたいそうです。

我が家では年3~5回くらい行く大定番です。

 

▶️ファンタジーキッズリゾート武蔵村山店を5歳児と体験レビュー|雨の日でも遊べる

▶️ファンタジーキッズリゾート北上尾店体験レビュー|武蔵村山店と正直比較

 

8月は盛りだくさんです。きっとあっという間に終わるのでしょうね。

娘は7歳、小学2年生です。

毎日一緒に過ごしていると気づきにくいのですが、ふとした瞬間に、

「ずいぶん成長したな」

と感じることがあります。

最近、とても嬉しく感じているのは、体調を崩している人を気づかえるようになったことです。

 

私のために保冷剤を持ってきてくれた

 

先日、私が少し気持ち悪くなり、

「なんだろう。暑かったからかな」

と言いました。

すると娘は、すぐに冷蔵庫へ走っていき、保冷剤を持ってきてくれました。

誰かの調子が悪そうだと気づくだけでなく、

「今、自分に何ができるだろう」

と考えて行動してくれたことが、とても嬉しかったです。

私がお願いしたわけではありません。

以前に保冷剤を使っているところを見て覚えていたのかもしれませんが、自分で考えて持ってきてくれました。

娘の中に、相手を思いやる気持ちが育っていることを感じました。

 

大きな音がすると、先に「大丈夫」

 

わが家では、娘が物を落とすなどして大きな音を立てると、家族全員がそちらを見ます。

何か大変なことが起きていないか。

けがをしていないか。

無事なのかを確認するためです。

娘も、家族が心配して見ていることを分かっているようで、大きな音を立てたときには、まず、

「大丈夫、大丈夫」

と言うようになりました。

自分に何かあれば、家族が心配する。

そのことを、娘なりに理解しているのだと思います。

 

小さな傷でも、やっぱり心配になる

 

娘はこれまで、大きなけがをあまりせずに育ってきました。

そのため、ほんの小さな擦り傷や切り傷でも、

「ここが痛い」

と訴えてくることがあります。

私が心配そうにすると、娘はすぐに、

「大丈夫、大丈夫」

と言います。

もちろん、本当に痛いときには我慢せずに言ってほしいです。

だから私は、「大丈夫」と言われても、傷を見たり、どのくらい痛いのかを聞いたりするようにしています。

それでも娘が、家族が自分を心配していることを理解しているのは、嬉しいことです。

 

自分は大切にされていると知っていてほしい

 

娘には、

「自分は家族から大切にされている」

ということを、これからも感じながら育ってほしいと思っています。

困ったときには頼ってもいい。

つらいときには「つらい」と言ってもいい。

けがをしたときには、無理に「大丈夫」と言わなくてもいい。

そのうえで、自分と同じように、ほかの人のことも大切にできる子になってくれたら嬉しいです。

今回、私に保冷剤を持ってきてくれたように、相手が困っているときに、自分にできることを考えられる。

それは、勉強ができることとはまた違う、大切な成長だと思っています。

 

「痛いの痛いの飛んでいけ」が伝えていたこと

 

娘が小さい頃から、痛いと言ったときには、

「痛いの痛いの、飛んでいけ」

と声をかけていました。

咳き込んだときには背中をさすり、お腹が痛いと言えば、お腹に手を当てていました。

もちろん、それだけで本当に痛みや不調が治るわけではありません。

ほとんどおまじないのようなものです。

でも、親になった今は、あのおまじないには別の意味があったのかもしれないと思います。

「あなたの痛みに気づいているよ」

「あなたのことを心配しているよ」

「一人ではないよ」

そんな気持ちを、言葉や手の温かさで伝えていたのかもしれません。

 

お母さんの魔法の手

 

私が娘のお腹をさすったり、痛いところに手を当てたりすると、娘は、

「お母さん、魔法みたい」

と言うことがあります。

本当に痛みがすぐ消えているわけではないと思います。

それでも、自分のために何かしてもらったことで、少し安心するのでしょう。

痛みそのものよりも、

「心配してもらえた」
「大切にしてもらえた」

という気持ちが、娘を落ち着かせているのかもしれません。

そして今、娘も少しずつ、誰かを気づかう側になっています。

私が娘にしてきたことが、そのまま娘の中に残っているのだとしたら、こんなに嬉しいことはありません。

これからも娘には、無理に強がるのではなく、自分の気持ちを大切にしながら、周りの人にも優しくできる子に育ってほしいと思います。

 

子どもの成長は、勉強ができるようになることだけではありません。

人を思いやる気持ちや、自分で考えて行動する力も大切にしながら、家庭学習も無理なく続けていきたいと思っています。

小学生向けの安い通信教育や教材、勉強を習慣にするための工夫については、こちらの記事で詳しくまとめています。

 

小学生の家庭学習におすすめ|安い通信教育・教材と勉強習慣づくり

ブログを書いていると、ときどき、どうしようもなく虚しくなる日があります。

時間をかけて調べて、構成を考えて、何度も文章を直して、ようやく公開する。

それなのに、ほとんど読まれない。

アクセス解析を開いても数字は動かず、検索順位も上がらず、成果も出ない。

そんな日が続くと、

「私は何をしているんだろう」

と思ってしまいます。

 

頑張った量と結果が釣り合わない

 

ブログは、頑張った分だけ結果が返ってくる仕事ではありません。

数時間かけて書いた記事が、ほとんど読まれないこともあります。

反対に、昔なんとなく書いた記事が、ずっとアクセスを集め続けることもあります。

一生懸命書いた記事より、気まぐれで書いた記事の方が読まれる。

それを見ると、努力の向け方を間違えているのではないかと思います。

今まで積み上げてきたものにも、自信がなくなります。

教育ブログを育てたいと思って、オンライン家庭教師やオンラインそろばん、家庭学習の記事を増やしてきました。

けれど、書いても書いても、思うように読まれません。

必要としている人はいるはずなのに、そこまで届かない。

そのことが、悔しくて仕方ありません。

 

読まれないと、存在まで否定されたように感じる

 

頭では分かっています。

アクセスが少ないことと、私自身の価値は別です。

記事が読まれないからといって、文章に意味がないとは限りません。

検索順位には競合やサイトの強さ、タイミングなど、いろいろな要素があります。

それでも、数字を見ていると、そう簡単には割り切れません。

「誰にも必要とされていないのではないか」

「私が書く意味なんてないのではないか」

そんな気持ちになることがあります。

本当は記事の結果を見ているだけなのに、自分自身まで否定されたように感じてしまうのです。

 

成果が出ても、安心できるわけではない

 

まったく成果が出ないわけではありません。

ブログから収入が発生したこともあります。

個人事業主として開業届を出し、少しずつですが、仕事として続けてきました。

それでも、成果が安定するわけではありません。

発生した成果が否認されることもあります。

今月は少し期待できるかもしれないと思った直後に、その期待がなくなることもあります。

一度うまくいったからといって、次もうまくいく保証はありません。

だから、成果が出た日でさえ、心の底から安心することができないのです。

「このまま続くのかな」

「また全部なくなるのではないか」

と考えてしまいます。

 

何をやってもダメだと思う日もある

 

記事を書いても読まれない。

成果が出ても承認されない。

改善しても数字が動かない。

そういうことが重なると、

「何をやってもダメなのかもしれない」

と思います。

新しいことを始めても、どうせまた読まれないのではないか。

期待した分だけ、また傷つくのではないか。

そんなふうに考えて、始める前から諦めたくなることもあります。

今回アメブロを始めたときも、心のどこかで、

「これもダメなんだろうな」

と思っていました。

成果が出ないまま何十記事も書くことには、もう慣れています。

冗談のように言いましたが、本当は少し悲しいことです。

 

それでも、また書いてしまう

 

それでも私は、結局また文章を書いています。

どうしてなのか、自分でもよく分からなくなることがあります。

ブログで大成功しているからではありません。

毎月安定した収入があるからでもありません。

記事を公開すれば、必ず誰かに読んでもらえるからでもありません。

それでも、調べたことを分かりやすくまとめたい。

自分が悩んだことを、同じように悩んでいる人に届けたい。

誰かが困って検索したときに、

「この記事があって助かった」

と思ってもらえるものを作りたい。

その気持ちが、まだ私の中に残っているからだと思います。

 

続けることが正解なのかは分からない

 

続けていれば、いつか必ず報われる。

そんな無責任なことは、自分には言えません。

どれだけ続けても、思うような結果が出ない可能性もあります。

努力の方向を変えなければならないこともあるでしょう。

記事を減らした方がいいのか、増やした方がいいのか。

教育ジャンルにもっと寄せるべきなのか。

今のサイト設計が合っているのか。

考えれば考えるほど、分からなくなることがあります。

だから、ただ根性で続ければいいとも思っていません。

ときどき立ち止まって、何が読まれたのか、何が届かなかったのかを見直す必要はあると思っています。

 

今日読まれなくても、書いたことまでは消えない

 

記事が読まれない日は、何も残らなかったように感じます。

けれど、実際には少しずつ残っているものもあります。

調べた知識。

文章を書く力。

読者の悩みを考える習慣。

失敗したからこそ分かったこと。

そして、何度落ち込んでも、もう一度書こうとしている自分。

数字には出なくても、積み重なっているものはあるのだと思います。

今日書いた記事が、この先もずっと読まれないかもしれません。

でも、数か月後や数年後に、誰か一人に届く可能性もあります。

昔、何気なく書いた記事が、今も読まれているように。

ブログは、公開した瞬間だけで結果が決まるものではありません。

そう思うことで、少しだけ気持ちをつないでいます。

 

読まれない日は、やっぱりつらい

 

ここまで書いても、読まれないことが平気になったわけではありません。

アクセスが少なければ落ち込みます。

成果が出なければ焦ります。

否認されれば悔しいです。

何年続けても、慣れないものは慣れません。

「数字を気にせず楽しもう」とも思えません。

私は仕事としてブログを書いているので、収入が欲しいです。

もっと読まれたいし、もっと成果を出したい。

その気持ちは、きれいごとで隠したくありません。

ただ、読まれない日があるたびに、自分のすべてまでダメだと決めるのはやめたいと思っています。

今日は届かなかった。

今日は結果が出なかった。

それだけかもしれません。

また明日になったら、少し違う記事を書けるかもしれない。

今の私にできるのは、落ち込みながらでも、次に何を書くかを考えることくらいです。

そしてたぶん私は、明日もまたブログを書いています。

 

そんな私のブログです。

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