大人になって、、

母になって主婦になって


振り返れば制限されていた未成年時代よりも

自由になった成人期のほうが
情報が溢れすぎていて
選択枠が多すぎて生きにくいと感じる私。

度々行き詰まることが多く
上手くいかない、でもなぜ
上手くいかないのかそれがわからない。


どんなに必死で
頭フル回転で考えても考えても
頭の中がさらに散らかるだけで
解決策なんて見当たりそうにもない。

自分の生きにくさの根源を探る途中で
受けた『発達障害です』という診断。

今までどんなにもがいても解決できなかった
モヤモヤの根本的な原因が
少し解明されたような…

不思議と安堵の気持ちの方が大きかったこと


でも診断を受けたから…

日常を普通に
生きていくことが容易くなったか?と
問われれば
私にはそう容易いことではない。。
 

必死に走って周りに付いて行かなきゃ。


情報過多の中から
必要な情報を必死で拾って行かなきゃ。

でも、情報って常に変化してて
その時々で
臨機応変な対応が求められる時がある。


私、そういうのが苦手なんです。。。


曖昧な部分が本当に苦手。


苦手…というかできない。
やらないんじゃなくて出来ない。



なんでそんなことができないの?
と思われることがスッカリ出来ないし

なんでこの表現で伝わらないの?
って思われることがまるっきりわからない


だって普通に生きているように見えてても
私は発達障害だから。

特性が所々に出る。。。。






5時間掛けて部屋を駆けずりまわって
掃除をしても、、結果的に右から左に
ものが移動しただけで片付かない。。
そもそも片付け方がわからない。。。





家事が順調に出来ない。。。
洗濯物干して、
お皿洗いして、明日の準備して…
世間での当たり前のことにつまずく。

大概が初歩的なところで
やらなきゃいけないことが
あちこちごちゃ混ぜになり
何から手をつけていいか分からず
全部を一気に進めすぎて何かを忘れる。
忘れてるのも忘れて違う情報が
絶え間なく入ってくるから、
意識が色々な方向に向いて進む。



脳内に情報選別機が欲しい。。

脳内に情報遮断機が欲しい。






必要な書類の提出をあっさり忘れる。
冷蔵庫に赤文字で書いてまで、貼っておいても
注意力が常に散乱してるから
赤文字で書いたこと貼ったことすらを忘れる。


人が話してても脳内は上の空。
『つまんないな〜』とか思ってるんじゃない。
流れるような会話には注意が定まらない。
頭が情報でごった返して
交通渋滞を起こしてるから
他諸々の情報処理が全て追いつかない。



こだわりが強く、
思い通りにならないと
脳内パニックを起こす。。
私は自閉症スペクトラムも持っているので
こういうところに特性が現れます。。



言い出したらきりがないくらい
生きにくい要素を持ってる。。。


でもね、世間では
普通の顔して生きなきゃいけない
そんな生き辛さをずっと感じてる。


もっとオープンに出来たらいいのに。
当事者として感じるのは
オープンに生きられる環境が
今の日本には整ってない。。。


『発達障害を理解しましょう』って
風潮はすごく有難いことだと思うけれど

じゃあ発達障害ってどんな障害?
どんなことを理解してあげたらいいの?
っていう根本的な部分は
まだまだ根付いてないように感じる。






当たり前に…とか
普通に…
生きることが大変なんです。

大きな失敗1つよりも、
小さな失敗の積み重ねが1番自分を苦しめる。

でも、失敗しないように
神経研ぎ澄まして集中すると
違う大切なことを忘れて
結果形の違う失敗で終わる。

それの繰り返し。


世間からの評価も不安になる。

だから世間との交流をできる限り抑える。。

悪循環だとわかっていても、
やはり自分を保つにはそれしかない。

一人きり、TVも消してカーテンを閉めて
情報や雑音を遮断すると
心の騒めきが
少しづつ落ち着いてくるのを感じる。

わたしにはやっぱりこの時間と空間が
生きてく上では必要不可欠なんだと。。


殻に閉じこもって、一旦情報過多の脳から
できる限り何も考えずに
頭の絡まりを解いていく時間。。


ADHDを持って生まれてきたんだから
自分が特性を理解しなきゃいけない。

自分のリセット法も、リラックス法も
自分が1番わかってなきゃいけない。


私は何もかも光も音も雑念も、
全て遮断した環境に
身を置く時間を持つことで
頑張れることもあるから。。。

真正面から向き合って生きていくしかない。