3月11日。


15年前の今日。


2011年3月11日金曜日

14時46分。


私達は未曾有の災害

東日本大震災を経験しました。


あの日の事は忘れられないくらい

怖い経験でした。


強く長い揺れと

とあるお店にいたので停電もしました。


外に出ると

何度も強く揺れ急に降ってくる雪と寒さ。


私は内陸にいたのですが

駅近くのファッションビルにいました。


なんとなくあの日は

なんか変だなおかしいなぁ〜と思い

病院の帰りに少し食品を買って

早めに帰ろうと思っていた時でした。


外にいて

情報が何もなく

当時の私はガラケーだったので

ワンセグをつけてニュースを少し観たら

見たことのない紫色の線が。。。


後からそれは大津波警報と知りました。


電話ですぐに母と連絡が取れて

弟や私の大切な小さな親戚くんの無事も知り

みんな一緒にいると。


父は福島にいましたが

夜に無事と連絡がきました。


その時に

福島も大変な事になっていると知りました。


私はその日

避難所で過ごしました。


とても寒くて寒くて。


周りの人達に親切にしてもらいながら

夜が明けるのを待ちました。


何処からか流れてくるラジオのニュースや

隣の人が情報をえて教えてくれる惨状に

何が起きているのか。。。


夜になると家や家族誰の電話も繋がらくなり

後から停電と電話も携帯も使えなくなったと。


家は内陸なので被害はそんなにもなく。


本当は家にいるはずが

予定が変わり

お薬をもらわなくてはいけないので

病院に行った帰りの出来事。


次の日の午前中に

バスとタクシーを乗り継いで帰宅しました。


私を玄関で出迎えてくれたのは

小さな親戚くん。


しばらくの間

自分の事と周りの人の事で

精一杯で。


その中で

何度も揺れるので

1番の優先は

小さな親戚くんを守る事。


一時期

家に5人避難に来てました。


あの年の3月はとてもとても寒かったです。


地震と被爆しないようにと

いろんな事が心配で。


しばらく心に余裕もなく

落ち着かない日々でした。


普段なら家には

ストックがたくさんあるはずの食品がなく

食べ物がなくて

買う為に並んだり

小さな親戚くんに。。。と

ご近所さんが持ってきてくれたり。


今も忘れられない事ばかりです。


とても怖い思いをしたと思っていたけれど

沿岸部の人に比べたら

私の怖さは比でもない事に気づきました。


その事に気付いたのは

電気がついてテレビを観た時でした。


私はあの時以来

沿岸部に行くのが怖く

今もほとんど行けないのですが。。。


でも自分の目で見に行かなくては。。。と

震災から1か月後から何度か行きました。


建物などの壊れ方から

津波の脅威が伝わりました。



あれから15年。



ここ最近は

震災の番組が多かったので

津波の映像を観る事も多いです。



もう15年。


3月11日が来ると毎年

心がちょっとザワザワする。


いろいろ思い出します。


ずっと忘れない。。。