前回の続きです。


ようやく決まったオペ日が空振りに終わり、およそ2週間ほど自宅で待機する羽目となりました。


ちょうどお正月を挟むのでかなりの延期です。


気はせいてましたが、それでも考えようによっては、お正月はスタッフも不足しているだろうし、ある意味先生たちが正月気分があけて新年の気分新たかな活力あるときのほうがオペも術後管理も存分に力を発揮できるんじゃないかと、前向き思考に切り替えました。


それに、ときを待てない小さな子供の命のほうがやはり優先されるべきだと、案外冷静な頭の思考が待つことの苛立ちを抑えてくれました。


それにまして、つらいお正月のはずが家族水入らずの家での新年を過ごせる楽しみもあり、反対にちょっと有り難かったのも本心です。


新年三日間はほんとに家庭でゆっくりと過ごしました。


腹水でお腹は張ってましたが、それでもお雑煮やお豆やしばらく食べられない刺身などを美味しくいただきました。


実はお酒はぜったい駄目でしたが、お屠蘇をひと舐め。それも白酒で、こんな美味しいお酒は飲んだことがありませんでした。


命があることの幸せを感じさせてくれたいままでで絶対無二のお酒でした。


女房もそれまでは絶対にお酒は飲ませませんでしたが、ひょっとしてこれが最後のお酒になるかも知れないということで仏心が沸いたのでしょうか?


まだそのときは、成功せずに鬼籍にはいることも確率としてはあり得るとみんなある程度は覚悟していたのでしょう。


そういうじぶんもどこかで一か八かの勝負だと思ってました。


一月4日まで家でゆっくり過ごし、5日の日に再入院。明日から3日間は最後の検査の予定です。


この歳の冬はほんとに寒くて毎日雪がちらついてました。


術後はドナーの女房も2週間ほどの入院になります。たしか彼女はオペ前日の8日に入院してきたと思います。


二人のオペ後患者の看病にと嫁の妹たちが遠くから交代できてくれました。


京大近くのサポートアパートを病院から紹介してもらい、泊まり込みで看病に通うことになります。まだこの頃はコロナもなく、家族が朝夕と病院に通って看病してました。


そしてとうとう手術日の9日がきました。


じつは手術に関する怖さはほとんどなかったのです。


心はベタ凪のように小波さえも立ってませんでした。


なぜだかいまだに分かりません。


一度諦めた命だったからでしょうか?