3週間前の朝のことです。


同じ年生まれ(学年は一級下)で、故郷の家がすぐ近くのYちゃん(定年前のおっちゃんです)が,診察開始と同時に駆け込んできました。


「朝6時頃から胸が痛い!そして背中も痛いし、右の脇腹も痛い。痛みが動くし、痛くないときはそれほどでもない」との訴えでした。


日頃から糖尿病があり治療中だし、タバコはいくら言ってもやめないし、睡眠時無呼吸症候群でCPAPもしているし、これは動脈硬化のハイリスク群であることは間違いなく、まずは心筋梗塞を思い浮かべました。


全胸部の鎖骨寄りのやや高い位置を押さえています。痛みのためか冷や汗が大量。


とにかくベッドに寝かせバイタルを取るも,血圧,脈拍、酸素飽和度など正常。


背中も痛いようだし心筋梗塞にしてはすこし違和感がありましたが,とりあえず心電図と心エコー検査を慌ててしました。


どちらも異常ありません。


そして,今話していると、痛みも一時的に治ったようです。冗談混じりで会話もされてます。「看護師さんに優しく撫でてもらうと治るんや」って感じで、お喋りされてます。


両手の脈拍も大丈夫そうです。


でも,痛みが移動してるし大動脈解離もありうるなってことで、点滴をとり、ロキソニンを飲まし、腹部のエコーで大動脈を観察してみました。


しかし、お腹が張っているためか、食事を取られていたためか、はたまた肥満のためか大動脈がはっきりみえません。


とにかく、やはりCTと血液検査をしたいので,救急病院に搬送することに決めました。


本人は奥さんに車に乗せてきてもらっていましたし、自分で行くわって感じでしたが、まあ救急車のほうがスムーズに診察してもらえるしってことで救急車を呼びました。


ものの二、三分で救急隊が到着。いつものように状況を伝えて、病院への紹介状を渡し,あとはお任せしました。


彼は前日に川掃除などの人足仕事をしたようで,筋肉がパンパンだと言い、全身の筋肉痛なのかなあ,なんて言って見送りました。


ほんとに重症感があまりなく、下手したら薬を出して家に帰してしまいそうな感じでした。


右の脇腹〜季肋部痛もあり,解離にしては変なところを痛がるし、やはり解離ではないのかな,なんて考えて、通常の仕事に戻りました。


午前の診察がひけ、あれから3時間ほど経ち,どうなっただろうということで、本人の携帯に電話をかけてみました。


そうしたら奥さんが電話に出てくれました。


「じつは今医大なんです。病院でCTを撮ったら大動脈解離で動脈がずっーと裂けているので医大で緊急手術するしかないとのことで、ドクターヘリで到着したところです。これからオペ室に入ります」と。


後から聞いた話では,ヘリの中でもオペ室に入る前でも多弁でずっと話していたそうです。


それにしても,こんなに重症感のない解離は初めてです。あっという間にショックになったり腎不全になったりしてお亡くなりになられるひとがとても多い疾患ですのに。


あとから調べたら、肋間動脈などに乖離が及んで血流が途絶えると肋間神経痛とよく似た痛みなどもあるようで、それで側腹部や季肋部痛みたいな場所にも痛みが移動するようです。勉強になりました。


術後もすこぶる順調で、後遺症もなく、リハビリもすすみ、先週の土曜日の朝の診察前に裏口からお礼を兼ねてみえられました。


たった2週間ちょっとです。


以前と大きく変わらなく、ちょっとスリムになり、顔色も良くなられてました。


みんなビックリしました。今月中は入院かなぁって思ってましたのに。


医学の進歩も凄いですし、救急車やドクターヘリの活躍、それになんと医大の先生のオペが上手なのでしょう。


ぼくが病院にいた一昔前なら,動脈解離で大学病院に送っても,ほとんどお亡くなりになられていたのをよく知ってます。


でも,さすがにそのYちゃんも、心外の先生から「こんなに上手く行くのは10%くらいじゃないの」って言われたそうです。もってますね!!


とにかく命拾いしていただいた一例でした。


何もしてませんけど、すこしでもたずさわれたのは、医者冥利に尽きます。


こういうこわーい症例って妙に知り合いや近い人に多いんですよね。不思議です。


これからは好きなタバコも吸えないけど、まだまだ仕事もして長生きしてね、Yちゃん!