この世界に偶然なんてものが存在するのだろうか
もし未来がすでに決定されているならば、
この世で起こる全ての事象は必然である
今日選んだ夕食のメニューも
たまたま本屋で見つけたあの本も
地図を見ないで適当に歩いた道も
たまたま、思いがけず、なんとなく
と思っていても、
それは偶然なんかじゃなくて
必然だったのかもしれない
今から遡ること約6年前。
ニュージーランドでのワーホリから帰国後、
コロナ禍真っ只中ではあったものの地元の友達と1年ぶりに会ってご飯に行った時のことである。
オードリーが好きなその友達(いわゆるリトルトゥース)
がおもむろに携帯を取り出し、
「これ面白いからみてよ」と勧めてきたのが
"日向坂で会いましょう"であった。
それまでの私は
マジすか学園からAKB48が好きになり
宮澤佐江が上海に飛ばされるまで応援していたし、
数学女学園から℃-uteが好きになり
解散するまで応援していたが、
どちらもライブには行ったことがなかったし、
握手会なんてものにも行ったことがなかった。
(℃-uteの解散コンサートにだけは行きました)
ニュージーランドでの1年間で新しいアイドルの知識は皆無、
特に興味もなかった私は、その友達の勧めを容赦なく
「いや、アイドル興味ないから」と断ったのをはっきり覚えている。
しかし、こんなにしっかりと断ったのにも関わらず、
友達は諦めずに「とりあえずこれみて」と
私にべみほのぶりっ子プレゼン大会の回の切り抜きを見せてきた。
2020年6月5日、
私と日向坂46の出会いである。
今となっては、諦めずに勧めてくれた友達に感謝してもしきれないほどの感謝をしている。本当にありがとう!
その日家に帰って日向坂46について調べて、
きょんこが可愛いなぁ
べみほも可愛いし面白いなぁ
となったのを覚えている。
当時、日本に帰ってきたばかりかつコロナ禍でもあったことから約半年間ニートだった私は、余りある時間のほぼ全てを使い
"ひらがな推し"と"日向坂で会いましょう"を第1回から遡って全て視聴し、観終わる頃には立派なおひさまになっていた。
好きになった時にはもう芽実も井口も居なくて悲しかったが、休養期間からひよたんが帰ってきていたし、影もちょうど帰ってくるところで、ずっと応援していたら感じる待ち遠しさを感じなかったのはタイミング良かったのかな、と思ったのを覚えている。
日向坂を知ってからちょっとして
「LIVE ONLINE YES! with YOU!~22人の音楽隊と風変わりな仲間たち~」の配信ライブが開催されることが発表された。
まだファンクラブに入っていなかった私はチケット購入のためにすぐに入会したのだが、好きになった時にすぐに入会すれば良かったなぁと後悔していることはここだけの秘密である。
これが自分にとって℃-uteの解散コンサート以来初のアイドルのライブだったわけだが、とにかく印象に残っているのは「キツネ」だ。
衣装が黒と白に別れていて(モングルでも着ていたあれ)、偽物が紛れ込むみたいな演出だったのだが、
歌の途中で衣装の黒と白が一瞬で変わるところがあってすごくびっくりしたのが忘れられないし、映像化して欲しいなってずっと思っている。
あとこの頃でよく覚えているのは、
開催する度にメンバーの誰かしらが体調不良などで欠席していたし、こさかながとにかく辛そうで心配だったことだ。
特にひなくり2020でのこさかなは、配信で観ていても伝わるくらい辛そうだった。
今は、見せてないだけかもしれないけど、この時みたいなしんどさはなさそうで休養してくれて本当に良かったなと思っている。
ユニット祭りや2回目のひな誕祭の配信ライブを経て、私が初めて日向坂を生で見たのは「W-KEYAKI FES2021」だったのだが、いっちばん後ろの列で左の端の方だったせいかライブの記憶が一切ない。すーじーのラップがかっこよかったくらいのことしか覚えていない。
一番記憶に残っているのは、
その日観覧に来ていた櫻坂のメンバーが入退場の際に自分の真後ろを通ったのだが、天ちゃんがすっごい笑顔で手を振ってくれた。
なんて優しいんだ、と少し好きになったし、今でも音楽番組に出てる時は心の中で天ちゃんを少し贔屓している。
他にも数名手を振ってくれていたメンバーがいたのだが、私の知識不足でどのメンバーだったのかは永遠の謎である。ごめんなさい。
(齋藤冬優花さんが誰にも目もくれず通り過ぎたのはよく覚えている)
(やばい、このペースで振り返っていたらとんでもない長さになってしまう気がする…。でも続けます。)
少し話は変わるが、
私が好きになった時の日向坂は22人だった。
22人の日向坂を信じて疑わなかったし、
22人じゃなくなる日が来るなんて思いもよらなかった。
永遠なんてないのに。
だからべみほの卒業が発表された時は
正直陽菜ちゃんの卒業の時よりも衝撃を受けたし、
四期生の加入が発表された時は
これから起こる変化を想像して
素直に喜べない気持ちがとても大きかった。
それでも時間が進むにつれて四期生のことは
もちろん大好きになったし、
毎シングル発表される卒業には慣れることはできないけど、
最初ほどの衝撃は感じなくなっていった、
それが良いのか悪いのか分からないけれど。
メンバーが変わりゆく中でも
私は日向坂46のメンバー全員が好きだった。
メンバーそれぞれの個性ももちろんあるが、
日向坂46の、グループとしての、
誰も置いていかない雰囲気が端々から感じられ、
全員応援したくなる魅力を放っていたからだと思う。
だから私は最近まで、
自分は"箱推し"だ、と自分でも思っていたし
誰かに聞かれた時にもそう答えていた。
(いや、別に今もメンバー全員が好きなことは変わらないのだが)
とは言っても、
トークを取っていたのは全員ではなかったし、
ライブ等のグッズも決まったメンバーしか購入していなかった。
けれど生写真は誰が出ても嬉しいから、
全種類2パックずつ買ってどのメンバーが出るかな〜
という今考えると特殊な楽しみ方をしていた。
そのおかげで今家には2020~2022年頃までに発売された生写真がたくさんある。(もし欲しいメンバーがいたらお渡しするのでお声がけください、遠慮なく。)
グッズを決まったメンバーしか購入していないのに
箱推しって矛盾してるだろ!
と思ったそこのあなた、私もそう思います。
だけど、メンバー全員が好きなのに、
"陽菜ちゃん推しです" "きょんこ推しです" と
特定のメンバーを "推し" だと誰かに宣言することに、
どこか後ろめたさのようなものを感じていたのである。
(そもそも私は昨今至るところで使われている"推し活"という言葉があまり好きではないのだが、ここでは割愛する。またどこか別の機会で。)
でも、
テレビやライブで姿を探していたのも
気づいたら目で追っていたのも陽菜ちゃんだったし、
歌割りで声を探していたのも
歌番組でソロで抜かれてたら嬉しかったのも陽菜ちゃんだった。
気づいたら、
いや、気づかないふりをしていたが、
私はずっと前から陽菜ちゃんのことが好きだったのだ。
自分でようやくそれを認めることができたのが、
2025年9月20日、
「MONSTER GROOVE 2025」ツアー初日の
宮城公演の日である。
卒業が発表されてから初めてのライブ。
ツアーの申し込みの時には陽菜ちゃんがここで卒業するなんて微塵も思っていなかったし、
個人的な理由だが、ちょうど転職期間中のニートで先の予定も分からない、お金もそんなにないという状況だったので、
この時点ではこの日が私にとって日向坂46としての河田陽菜を生で見ることができる最後の日だった。
しかし、ライブが始まると
通路を行ったり来たりするメンバーや、
あちこちのステージでパフォーマンスするメンバー、
念願のシャッフルユニット・期別曲、
楽器選抜メンバーの生演奏など、
ご存知の通り大盛り上がりのセトリやステージ構成だったことと、自席がアリーナのしかも通路近くだったこともあり
卒業のことは頭から抜けて純粋にライブを楽しんでいた。
ついにライブ本編も最後の曲、
"お願いバッハ!"の披露が終わりメンバー挨拶の時。
突然、「え、卒セレのチケット取れてないし、他のツアーのチケットもない。まだ諦めてないけど、もしかして高確率で今日が陽菜ちゃんをライブで生で見ることが出来る最後の日?」
と頭の中に一気に "卒業" の事実が流れ込んできて、
気づいたら泣いていた。結構しっかり泣いた。
アンコールのコール中、ずっと涙が止まらなかった。
タイミングとしてはここで?ってなるかもしれないが、私はこの時に「あぁ、今まで認めることから目を逸らしてたけど、自分はしっかり陽菜ちゃんのことが好きなんだなぁ。」とやっと自分で認めてあげることができたのである。
前置きがすごく長くなってしまったが、
私が(認めてないだけでずっと好きだった)
陽菜ちゃんを好きになったきっかけは、
実のところはっきりとは覚えていない。
気になり始めたきっかけが声だったことは覚えているのだが、気がついたら好きになっていた。
きっかけのひとつに間違いなくひなあいやラジオがあるのだが、やはりこさかな休養期間中のキツネのセンター代理は大きな理由のひとつだと思う。
「3年目のデビュー」の中では
自信がなくてステージ裏で泣いていた陽菜ちゃんが、
笑顔で力強いパフォーマンスをしているのを見たときにすごく惹き込まれたし、陽菜ちゃんの煽りが大好きだった。
願わくば、もう一度だけでも良いから陽菜ちゃんセンターのキツネを見たい人生だった…。
もうひとつ、ミーグリについても記そうと思う。
私が好きになったのがコロナ期間中だったことから、
もちろんCD発売時に握手会の開催はなかった。
代わりにオンラインでお話できる、今ではお馴染みの"オンラインミート&グリート"なるものが開催されることになったのだが、友達との電話もあまり好きじゃない私にはなかなかハードルが高く、参加したい気持ちは少しあったものの手は出せなかった。
シングル発売の度に配信ライブと直筆生写真に残りを応募するのがお決まりになっていたある日、
「One choice」の発売に際して"リアルミート&グリート"の開催がされることが発表された。
記憶が定かではないのだが、
私はこのリアミへの応募をしていない。なぜだ。
ということで、私のリアミ参加は
「Am I ready?」での開催が初めてとなる。
心境の変化があったのか、
参加した人達の反応をみて羨ましかったのかは分からないが、
"オンラインは苦手だけど、リアルで会えるなら申し込むだけ申し込んでみよう!"となったのだろう。たぶん。
意気込んだのはいいものの、ここで問題が発生した。
誰に申し込むか問題である。
当時の私は自称箱推しだったが、
期別ごとに特に好きなメンバーがいた。
一期生はきょんこ、二期生は陽菜ちゃん、
三期生は陽世、四期生は陽子
全員に申し込むのはなんか違うし、かといってきょんこと陽子は倍率がえぐそうだな、とりあえず陽菜ちゃんと陽世に1枚ずつ申し込んでみようかな。
というとんでもなく不純な動機だった。
そしてリアミ当日。
列に並んでいる時から信じられないくらいの緊張。
手は震えるし、心臓なんてばっくばく。
あと数メートル先に、あの仕切りの先にメンバーがいるんだ、と考えたら話すことなんて何も頭に浮かばなくて、結局ド緊張のまま列は進んでいった。
あと1人で自分の番だ、と緊張も最高潮に近いとき、
QR付近に立っているスタッフさんから突然
「先に言ってください」と言われた。
私の前に並んでいる人のQRコードの認証がうまくいかず、直前で順番が前後したのである。
初めてのリアミで緊張の中、突如自分の番になった私は心の準備もままらないまま陽菜ちゃんの前に行くことになり、
「初めて来ました」だか「大好きです」だかもう頭がパニックで何を言ったか覚えていないが、こんなことを言った気がする。
1枚しか券を持っていなかったのであっという間に時間となり、剥がしスタッフの「お時間でーす」に促されるまま出口に進んだ私だったが、初めて陽菜ちゃんとお話した高揚感と、少しでも長く見たいという名残惜しさから後ろを振り返ったそこには、
満面の笑みでこちらに手を振る陽菜ちゃんがいた。
なんと、私の前にいた人がまだQRにてこずっていたのだ。
大感謝である。
体感としては5秒間くらい、ただ私と陽菜ちゃんが笑顔で手を振る時間がそこには確かに存在していた。
そして、初回からそんなラッキーパンチをくらった私は、絶対次回からも陽菜ちゃんのリアミに参加しようと心に決めたのである。
(余談だが、陽世にも初めて来た旨を伝えたら、パネルの近くまできて結構大きな声で「またね!!!」と言ってくれて嬉しかったので、次も参加しようと決めていた。)
参加した動機は陽菜ちゃん推しのみなさんに殴られそうな理由で本当に申し訳ない。ここに謝罪します。
そして無事にリアミの沼にハマって抜け出せなくなった私は、次作の「君はハニーデュー」では1部~3部で1枚ずつ券を確保することに成功した。
オンラインは一切参加せず、リアミも限られた回数で短時間しか参加しない弱オタだった私は、
どうすれば陽菜ちゃんに覚えてもらえるか考えた。
結果行き着いたのが、皆さんご存知スイカTシャツである。
私がスイカ好きなのは友人には周知の事実なので、
スイカグッズを見つけるとみんな情報共有してくれたり、時にはプレゼントしてくれる。
このスイカTシャツも誕プレでもらったもので、
ニュージーランドにも連れて行ってたまに着ていたから、
ワールドワイドスイカTシャツだ。
しかし、スイカが全面に出ているのであまり日本で日常生活のファッションには馴染ませることが難しく、それこそ海外の友達と遊ぶ時にくらいしか着ていなかった。
今や大活躍のスイカTだが、
こんなにインパクト大なのにメンバーによって反応は様々。
陽世には一度も触れられたことはないし、
まなふぃに至っては完全にトラウマである。
しかし、
ここで裏切らないのが陽菜ちゃんだ。
初めて着ていった時、私から何も触れずにいても開口一番「スイカだ〜!」と反応してくれたし、
それからも90%くらいの確率で「スイカちゃん」とか「スイカさん」とか「スイカ!」と毎回呼んでくれて本当に感謝しかない。
順調に参加を重ねていたある日、
「卒業写真だけが知ってる」のリアミ当落の日。
マイページで当落を確認すると、
陽菜ちゃんは3部の1枚しか取れていなかった。
前作の第六感から卒業写真のリアミ開催までは約5ヶ月間空いていたのだが、オンラインミーグリを取っていなかった私にとってはこの5ヶ月がとんでもなく長く感じたし、リアミ当日も1回しか会えないのか…と悲しくなった。
もし今後もこのスパンで開催されたら耐えられない、
もっと陽菜ちゃんに会いたい!
となった私はここでようやくオンラインミーグリに手を出すのであった。
実はこれまでもオンラインミーグリに申し込もうと思わなかったわけではない。
その一番の理由が定点カメラだ。
オンラインミーグリがある日のTLは賑わっていて、ひなこのでもぐ配してるだとか、二期生が集合して盛り上がってるだとか、ミーグリに参加する人にだけ見る権利が与えられる定点カメラが毎回とてつもなく魅力的だった。定点カメラだけの券が売っていたら間違いなく購入していただろう。
そんなこんなで「Love yourself!」の発売が決まり、
オンラインミーグリの開催も決定。
よし、今回は絶対に申し込むぞ!と気持ちだけは準備万端だったものの、オンラインミーグリ完全初心者でどう投げればいいのかどころか、仕組みすらよく分かっていなかった私は、
いつも仲良くしてくれている小西推しのフォロワーさんにココイチでカレーを食べながらオンラインミーグリについて教えてもらい(この時、日向坂がココイチとコラボしていた)、
当時唯一の陽菜ちゃん推しのフォロワーさんであったこーへいさんにも色々とアドバイスをもらった。
自分で聞いておいてなんだが、ライバルなのに親切に教えてくれてなんていい人なんだ、と思った。大感謝である。
私がオンラインミーグリに参加したいと思ったのは、
前述の通り "定点カメラを全日程見たい"
というのが大きな理由のひとつだったのだが、2人の助言のおかげもあり無事に全日程確保することができた。
そしてオンラインミーグリ当日。
リアミと同じくらい緊張していたのだが、陽菜ちゃんのいつも通りの温かさのおかげでなんとか大事故にもならず終えることができた。
でもやっぱりリアルと違って時間になったら無情に画面が消えてしまうので、時間配分が下手で言いたいことが言えずに終わるもどかしさと悔しさは感じた。
というのを7回繰り返し、
全日程のオンラインミーグリを終えた私は
次も絶対申し込もう、と心に決めたのであった。
次が最後になるとも知らずに…。
2025年8月4日
「河田陽菜 卒業のお知らせ」
時が止まった。ように感じた。
正直、予想していなかったわけではなかった。
メンバーの度重なる卒業もあるが、
個人的にはOTRで一期生がセンターを務めていた楽曲に、
陽菜ちゃんのセンター継承曲がひとつもなかったのがそう思わせた一番の理由だった。
まぁ全然たまたまで関係ないかもしれないが。
卒業の発表がされた時、
出張からの帰宅途中でまだ電車内にいたに私は、
「えっ!?」という衝撃が結構な大きさで口から漏れ出てしまった。目からも漏れ出そうだったがすごく我慢した。
ちょっとだけ我慢できなかった。
衝撃の次に頭に浮かんだのは、
卒セレに現地参戦出来ないかもしれないということだった。
もうチケットの申込もほとんど終了している代々木公演の一日目での開催、まだ見切れの販売は先だけど先着。
状況は絶望的だった。
チケットの一般販売の日は友達とボードゲームカフェに、
それも販売開始時間の12時にお店集合の約束をしていたが、
事前に事情を説明して自分は少し早めにお店に行き、
万全の状態で開始時間に備えた。
友達も12時より少し早くお店に来て見守ってくれていた。
開始まであと5秒、4、3、2、1…
「当店のご利用は初めてですか?」
見計らったかのような完璧なタイミングで店員さんがルール説明にやってきた。(12時予約だから当たり前である)
が、それどころではない私は一生懸命説明してくれている店員さんの言葉を適当な相槌で右から左へ流した。
今思えば、説明してくれている最中、携帯から目を離さずに気のない返事を返すのはとても無礼だったと反省しているが、
その時の私にはどうでもいいことだった。
私は今まで先着順というものに縁がなく、
取れなかった時の言い訳のために半分諦めのようなものも心のどこかにあったのだが、中野の回線のおかげか、私の運が良かったのか、奇跡的に見切れ席のチケットを勝ち取ることができたあの瞬間のことはずっと忘れないだろう。
しっかりとした声量で友達に喜びを伝え、その後、ボードゲーム中にも脈略なくチケットが取れたことを思い出しては幸せを感じいてもたっても居られずその都度友達に報告した。
オンラインミーグリもリアミももちろん申し込んだ。全国ミーグリに関してはもっと申し込めば良かったという後悔もあるが、オンラインは全日程、リアミは京都で1~4部で1枚ずつ券を確保できたことはラッキーだったかもしれない。
あとは祝花もずっと出したい気持ちはあったのだが、金額が大きいこともあり中々手が出せずにいた。
しかし今回が陽菜ちゃんにお花を出せるラストチャンス、
出さない理由はなかった。
ここでも経験&知識不足な私は、
またまた親切な小西推しのフォロワーさんから、
これまで利用して良かったお花屋さんやパネルの注文、納入までのスケジュール感や注意事項など、初心者にはありがたすぎる情報を教えてもらった。大感謝パート2である。
私がお花を出すにあたってやりたいと思っていたことは2つ。
①陽菜ちゃんも自分も実物を見られること
②色やデザインのリクエストを陽菜ちゃんに聞いてみること
リアミとオンラインミーグリの開催日程を加味すると幕張はスケジュール的に厳しいと判断した私は、初めての京都リアミ参戦を決意した。
幸いにも10/5のオンラインミーグリでは券を3枚確保できていたのだが、貴重な時間を無駄にしないように頭の中で言いたいことを繰り返し練習した。
いざ本番。
練習の成果もあってか、無事に陽菜ちゃんから「スイカ色!」というリクエストを聞くことにも成功した。
99%くらいスイカTシャツを着ていたからだと思うが、
自分でもスイカのお花を送りたいな、と思っていたから単純に嬉しかった。
それからは花屋さんに希望イメージを伝えてデザインの擦り合わせをしたり、パネルは「テイクオフ」にかけてポカが飛んでいるものにしたかったから、初めてイラストレーターを使って自分でデータ作成をしたりして着々と準備を進めていった。
本来の目的とはずれているかもしれないが、
初めて自分で依頼した祝花に対するワクワクと、本当にちゃんと届くんだろうかというドキドキが日に日に募っていき、
当日までずっとそわそわしていた。
待ちに待ったリアミ当日朝、
お花屋さんから届いた写真を見た私が一番に思ったことは、
「いや、お花でかくない?」だった。
お花屋さんとの打ち合わせでは、机に乗るくらいの、手のひらに頑張れば乗せられるくらいの大きさでと確かに伝えたし、
HPに載っている過去実績の写真も一緒に確認しながら
「こんな感じですか?」「そうですそうです」みたいな会話もした。パネルもそれに合わせてB5で作成していた。
想像していた5倍の大きさだった。
とはいえ大きさ以外は伝えたイメージ通りだったし、誰が見てもスイカだと分かるように作成いただけて感謝しかない。(特に気に入っているのは緑と黒の不織布で表現した皮の縞模様)
当日、陽菜ちゃんにスイカだと気づいてもらえたかは分からないけど、陽菜ちゃんの後ろにあるお花をこの目で見ることができて嬉しかったです。
スイカのせいでスペースが圧迫されてしまったことは本当にごめんなさい。わざとではないということだけは言い訳させてください。ごめんなさい。
ツアーが始まった時には初日の仙台のチケットしか持っていなかった私だが、結果的に卒セレの他に大阪公演3日目にも参戦した。
AMは出社し、PM半休を取って新幹線で大阪に直行。
ライブ後は余韻に浸る暇もなく23時の夜行バスに乗って
翌朝7時に東京着という弾丸スケジュール。
たこ焼きを食べる時間もなく、
ミャクミャクのガチャガチャとちいかわのご当地キーホルダーを買ったくらいしか大阪を感じられなかったし、
ライブ中の陽菜ちゃん運は相変わらずなかったけれど、
地方公演最終日を現地で見届けられたので後悔はしていない。
他にも
ツアーとJR EASTのデジタルスタンプラリー(29ヶ所)はコンプリートできたし、
2nd写真集「テイクオフ」のパネル展(東京)も発売日に巡って
書店別ポストカードもコンプした。
卒業記念のひなこれでは土壇場でB賞も当てることも出来たし、
ひなこいのかれイベもこの日のために約3年間地道に貯めていた日向石と体力を全開放して無事に67位になれた。
とにかく怒濤の日々だった。
現地参戦することができた卒業セレモニーも、メンバーからの、陽菜ちゃんからの愛に溢れた最高のひと時だった。
(欲を言えば単独での開催をしてほしかったけど)
影ナレから泣いてしまったことや、見切れも見切れの見切れ席でモニターが全く見えず卒セレのビデオが1ミリも見えなかったこと、陽菜ちゃん運はまたまたなかったがこのちゃんの優しさに触れたこと、卒セレの3週間前くらいに突然交流を始めたのに当日お菓子交換をするまでになった陽菜ちゃん推しに出会えたこと、そして大好きな陽菜ちゃんのアイドル最後の日をこの目で見ることができたこと、他にもこの5年間の全てが一生の思い出で、宝物です。 陽菜ちゃんが大好きな日向坂のことを私もこらからも変わらず大好きです。
改めて、卒業おめでとう。
陽菜ちゃんの幸せをこれからも願っています。
話はすぐに逸れるし
とんでもなく長くなってしまいましたが、
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ここに書いたすべては
興味のない人間からしたら
すべて無駄だと思われるのかもしれない。
それでも私は
日向坂46に出会えて良かったし、
河田陽菜に出会えて良かったと
心から思っている。
誰がなんと言おうとここに断言しよう、
「この出会いは必然だ」
と。