子どもの頃、親の親戚の重度障害の子どもの世話をするのが当たり前。
小学生の私には、それが重い役割だとは分からなかった。
夏休みになると、親戚は麻衣子を見るよ。とそう言って私を預かり、重度障害者の監視をさせられていた。
床におしっこしたら報告。毎回、親戚の家に行くたびに嫌になる。ずっと我慢していたけれど、
感謝されるわけでもなかった。
それが普通なんだと思っていた。
外では自分の子どもと麻衣子を見とる。と言って
サーフィンの店を経営し、男性客と楽しく話してた。
私は重度障害者の監視ばっかり。
遊ぶ物もなく、ひたすら時間が過ぎてストレスばかり。
夕飯にハンバーグ作ってもらったけど、
重度障害者にとられて空腹。
見て見ぬふりをする重度障害者の姉。そんな環境で誰も見方はいませんでした。
その環境でまるめられ大人になってから、ふと気づいた。
あれは助け合いじゃなくて、利用だった。と
そう思った瞬間、今まで感じないようにしていた怒りが一気に出てきた。
それ以来、親戚のことがどうしても苦手になった。
でも親には仲良くしなさいと言われる。
何も分かっていない。
私の気持ちは、また後回しにされる。
優しくなれない自分が悪いのか、
距離を取りたいと思う私は冷たいのか、
今も答えは出ていない。
そして、私が親に親戚は嫌い。と言うと
お前は純粋じゃないと言われるが、
世の中の汚さ、人のずるさを知ってしまったら自分の生き方くらい自分で決めるのは当然だと思う。
いつまでも親が私をコントロールするのがおかしい。
そして私が仲良くするかしないか私が決める事であって娘の人生にいつまでも足を引っ張る親が邪魔に過ぎない。
むしろ、親がいない方が楽だ。
毒親だし、酒飲みで借金ばっかりしてお金を仕送りしても散々、人のお金を使い果たし、それまた親が病気になって余命宣告され、その時には妊娠中の私にすがりつき、子どもを産むな。、降ろせ。と言って産むことも反対され、10年の看病を選び今の通り地獄生活。
和歌山県から名古屋まで入院や通院の手続き。
その間,自分の子供は発達障害で育てにくい育児をやってきた。
そして次は親の介護。80才になる親は私と42才離れていて
、時代についてこない親が負担でしかない。
そんな親にまた耐えてこれから、介護が待っているのです。
心底、早く死んでくれたら私は縛られず良いのに、まだ、しぶとく生きている親がただ邪魔です。
いつまで人の人生やお金や時間を奪うのか。
最後は介護するのか、しないのかも決めていきたい。
そう思うほど、私の環境が悪いから
親や親戚に感謝でなくただ邪魔でしかない。
そのおかげで、外での関わりも持ちたくもないし、意味もなく生きているだけです。
大変な毒親ですよ。
俺がなんで育てないかんのな。と離婚した嫁のせいにする親の言葉はいつまでも無責任を物語るんです。
私は、ずるい人間に歩み寄られて時間を奪われるくらいなら
孤独や孤立の方がよっぽど楽だと思っています。
それにやりたい事も、もっとできたでしょうに。
子どもの人生にいつまでも足を引っ張る親がどれだけ負担で邪魔か。
当事者として事実を書いてみた。
親なんて早く死ねばいいのに、まだ生きてますわ。
ろくでなしが。地獄に行け。
葬式もまた親戚に会うのかと思うと憂鬱。
手伝ってくれとは言った事はないが
親戚が勝手に手伝ってくる義理を返すのも、ただ負担だよ。
それで私が世話したや、社会の立ち回りを良くして何がしたいのか。私には通用しないし邪魔だ。