今日 61才になりました
朝実家の母からお祝いのメールが届いたので
久しぶりに電話し
61年前 産んでくれてありがとうと
感謝の気持ちを伝えました
そして生まれた時の事を教えてもらいました
昭和28年1月3日・・
鹿児島県の片田舎で第一子として誕生した私
父26才(8日後27才)
母20才(10日後21才)の時です
終戦から約7年半経っていますが
まだ食料事情は悪くさつま芋ご飯や粟ご飯が主で
おかずと言えばサバが多かったとか・・
そのせいか母の髪は
毛先が3つに分かれるほどの枝毛だったそうです
1月3日のその日
母は初めての出産ということで里帰りしていたのですが
当時 新婚さんは
お正月に親戚へ大きな餅を配る風習があり
5キロ余り離れた親戚に行くことになって・・
それも昔のことですから歩いて行くんです
母は父と一緒に行くつもりになったくらい
調子良かったそうですが
結局 父一人で行ったそうです
いくら調子良いと言っても臨月のお腹で
往復10キロを歩く気だったのかと呆れると
昔は皆 どこに行くにも歩いてだったからねと
あっさりとした母の返事
行かなくて良かったわ
行ってたら私 どうなっていたことか・・
それからじきに「朝」破水してしまい
実家の家族が産婆さんを呼びに行き
無事私が生まれたんですって
今でこそ私の身長は160㎝ありますが
小学校までは小さい方で 前から3番目でしたので
生まれた時も小さかったのかと聞くと
2,800gだったと答えてくれた母
随分昔のことなのに
体重まで覚えていてくれたのにはビックリです
23才の時 脳血栓症で一時半身不随になって
両親には随分心配をかけてしまった私ですが
61才の今日を健康で迎えられてと母も感慨深気・・
父とも 少し話をして 電話を切ったのでした
これからも「健康でいる」と言う親孝行 続けなくちゃ