去年5月に急逝した 幼馴染みのミイちゃん
ミイちゃんは私が子どもの頃住んでいた家の隣家の男の子
3才の時に小児麻痺にかかって右足が不自由なもののとっても活発
浩二ちゃんちは我が家のすぐ下だったので
同学年の私達3人は 良く一緒に遊んでいたものです
でも小学校の途中から 治療を受けるために学校を休んだせいか
1学年下になってしまいました
小学校高学年の頃に私の家も少し離れた所に引っ越したこともあったりして
中学生頃からは ますます ミイちゃんとは疎遠になっていました
それでも 大人になって 私がまだ独身で地元で働いていた頃
帰省した浩二ちゃんと 地元のミイちゃんとK君 私の4人で
坊津方面へドライブに出かけたことがあります
ただのドライブのつもりが 釣りをしたいと誰かが言い出し
どこで釣りざおを調達したか覚えていませんが 岩場で釣りをした私達
大した成果もなかったのですが
その夜はミイちゃんちで「飲んかた」でした
4人で 夜遅くまで飲んで酔っぱらって しゃべって・・・
楽しかった~という記憶が鮮明です
その日のことは K君も良く覚えていて 今でも会う度に
あんなことあったよねぇと話題になるくらい
でも その後は 私も結婚で郷里を離れ・・
たまに帰省しても ミイちゃんに会うことはありませんでした
最近4,5回は偶然会ったり 会いに行ったりして 話していましたが・・・
ミイちゃんが亡くなったと実家から連絡を受けた時
浩二ちゃんは オイオイ泣いたとか
浩二ちゃんは男同士 私以上に仲が良かったからかもしれませんが・・
私はショックを受けながら
子どもの頃のある記憶を思い出していました
たしか 小学生の私が 誰か大人に連れられて
ミイちゃんのお見舞いに行ったんです
子どもは私だけじゃなく もう一人いたような・・浩二ちゃんかな?
そこは とても遠いところで
こんもりした大きな木に囲まれた白っぽい2階建てか3階建ての建物
ミイちゃんの部屋は1階 入り口からすぐでした
しばらく話して 帰ることになったのですが
私達が建物から出て 庭に出たとたん
ミイちゃんの絶叫するような悲鳴が聞こえてきたんです
何か痛がっているのが解って
その声を聞いた私も胸がつぶれる思いでした
ミイちゃんが亡くなったと聞いた時 その声を思いだしたんです
今回帰省した時 実家で母にこの思い出を話ましたが
覚えていませんでした 母と一緒じゃなかったかもしれません
ずっと気になっていたので
先日 ミイちゃんのご仏前にお参りさせて頂いた時
おばさんに こんなことを覚えているのだけどと聞いてみて
本当にあったことだと解りました
ミイちゃんは小学校3年生の時 鹿児島市の○○園にいた時があったそうです
そこは手術も出来るところだったそうで
私が聞いた悲鳴は 術後の処置の時の声だったんでしょうとのこと
特に脊髄に注射されるのは すごく痛がったとか
ミイちゃんは子どもの頃のその痛さが大人になっても忘れられず
すっかりお医者さん嫌いになってしまったんだそうです
なので去年オシッコが出なくなった時も
周りがお医者さんにかかるよう勧めてもガンとして嫌がったんだそうです
もっと早くお医者さんにかかっていたら死ぬようなことにならなかったのに・・
お嫁さんでもいたら 良かったんだけどねと おばさん
昔と違って医療も進んでいるから
痛くないような治療もしてもらえたかもしれないのにね
ようやくお医者さんにかかった時は もう手遅れの状態で
あっという間に亡くなってしまったとか
そうだったの・・・そうだったのね・・・ かわいそうなミイちゃん
おばさんの話を聞いて
幼馴染みだったのに 友達だったのに 何も解っていなかった・・と
ミイちゃんに済まない気持ちになった私でした
一度しか聞いていないけど忘れられない あの痛そうなすごい悲鳴
ミイちゃんは あの痛みを何回も何回も受けたのに足は良くならず・・・
命が危うくなるギリギリまでお医者さんにかからなかった気持ちを思ったら
亡くなったと聞いた時も出なかった涙がしばらく止まりませんでした