今日から瞑想の修行です。

 

ラジオ体操もしてます。

小学校6年=昭和63年以来なので…

丸々平成年間やってないという…。

昔に比べてテンポ早くないですか?

 

『神の慮り』読んでから海へ。

 

大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと
神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるようにと
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人の賛美を得ようとして
成功を求めたのに
得意にならないようにと
失敗を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられていた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは
すべて叶えられた

私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されていたのだ

 

 

秋田市浜田浜。

 

ここも小学校の時行って以来なので、

丸々平成年間行ってませんでした。

波に足を浸して

砂利砂がサンダルを駆け抜け

陽が徐々に遠ざかっていくのを

瞑想しながら感じる…。

南には鳥海山。

北には男鹿半島。

ここは静かな秋田湾。

 

夜も星空を見にももさだ海岸へ。

木星と土星がいらっしゃる。

その間の果てには冥王星がいるはず。

右下に南斗六星。

そこが射手座。

天を割る天の川。

そこにはきっと射手座Aスター。

さらにその右下に蠍座。

北を振り返ると北斗七星。

ふっと流れ星。

北極星がいて、

反対側にカシオペア座。

 

カメラで悪戦苦闘している横で

スマホでいい感じに星空を撮る妻。

 

昭和63年。

カメラで写真を撮りたかった私は

この年初めてそれを許されました。

大人になって就職して、

職場で必要に駆られてカメラを使うようになった時も、

小さい頃禁止されたカメラに触るのが億劫で、

苦手意識が強くて、

しかもセンスないとか言われて、

とにかく苦手で苦手で苦手でした。

空写真だけかな、

撮っても否定されないのは。

でも今こうやってスマホに追い抜かれているところを見ると

神の慮りを感じます。

「○○するようにと」の「○○」の部分が分からないけれど、

カメラを持って写真を撮りたいというのは表層的な願いで、

本質的な願いじゃあないんですね。

 

そんな獅子座新月。

私はキロンの旅を果たし、

「傷付いたヒーラー」になります。

そのための基礎体力作り。

それがラジオ体操と瞑想。

カメラじゃないね、きっと。

空写真はこれからも撮りますけど。