ー紫陽花の季節が、終わる。
仕事ついでに、白山神社に詣でた雨の月曜。町の一角で「あじさい祭り」ののぼり旗を見つけて、思わず足を踏み入れた。
しっとりの梅雨時期には似合わない、雨風の強い午後だった気がする。
出来れば紫陽花の花は、しとしと雨の中で見たかったけど仕方ない。たまたま外出で早終わりの日が、たまたま雨風の強い日で、たまたま「あじさい祭り」をやっていた、というだけのこと。
でも、そこに咲く色鮮やかな紫陽花を一目見た瞬間に、生憎の天候も、足元の悪さも、ぜーんぶ忘れた。
むしろ晴れた日の「あじさい祭り」を見るより、よっぽどいいんじゃないか。
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梅雨生まれのわたしにとって、紫陽花の花は特別。一番すきな花は、と聞かれたら、必ず紫陽花と答える。
色は、やっぱりスタンダードな青色。
6月に生まれたわたしが、紫陽花の花を好きになるのは軽い宿命だったろうな。だってわたしの生まれる年に、母が家の庭(ニワと呼べるほと、広いニワではないけど)の片隅に、青色の紫陽花を植えてくれたのだから。
(あれ、植えてくれたのは爺ちゃんだったっけ。)
料理手芸園芸創作、何においても不器用だった(今は料理が超上手いし花を生けたりするセンスが光ってるから、過去形。)母が、なにかしらの願いを込めて植えてくれたその花は、毎年梅雨の時期になると、その狭い庭の隅で、薄い青の花をポンポン、と咲かせた。
本当に、ポンポン。と。
それは梅雨のどんより雲の下でも、どうしてこんなにと思うほど鮮やかに色をつけて私の目を、心を癒す。私を安心させる。
というわけでわたしは、30年間その青い美しい花とともに育ってきた。
梅雨のようにじっとりした陰気さを纏った根暗女であれど、雨露に濡れても文句ひとつ言わずひっそりと咲く紫陽花のような忍耐強さはあると思ってる。
少し言い過ぎれば、
紫陽花はわたし自身だ。
大人になって、好奇心や感受性を最大限に活かせる環境に運良く巡り会えたお陰で、わたしの感覚は昔より研ぎ澄まされてきてる気がする。
きっとそれだけのせいではないけど、今年は特別に、紫陽花が美しく見える年だった。
2018年、
30歳になった年の梅雨。
紫陽花を一番好きになった年。
ーこんなにも太陽の光が不似合いな花って。
ーこんなにも雨に愛される花って。
ー世界中のどこを探しても見つからない。
ーきっとないだろうな。
なんて、
他愛のない素敵な話を。







