言葉があって、約束がある。
今日がある。
生きるとは、決して自由ではないけど、自由を感じるための不自由がある。
自由だと思い込んでフワッと踏み出した、その時突然現実の落とし穴に突き落とされたり。あれと思った頃には、後ろ指刺されてお前が悪い、お前が悪い、ってね。
悪気なくても、それが悪と呼ばれることもある。近しい人がそんな風でしばらく帰ってこなかった日々には、今を生きているということへの感謝もなにも感じられなかった。
人は、単体で生きられないから。何かしら、誰かしらと関わらざるを得ない。生きていく上で。その途中で出会うものは、善なる顔をした悪かもしれないし、不純という名の救いかもしれない。なにを基準とし、誰の判断を正とするのかな。
「しあわせはいつも自分の心が決める」(相田みつを)
一番真理に近い言葉だと思う。
重力の問題なんかじゃない、
傾斜の角度の問題じゃないのよ。
微妙なバランスの上で、バランスを崩しながら、それを支え合うことでバランスをとってるんだと。
10月は、これから。





