熊本城(築400年記念)
親父が亡くなり、一番の理解者、支援者が存在しなくなった。子供側からの理解や支援より、親側からの理解や支援が常に強く、時に激しい。
若いときは親の思いを重苦しく感じがちだが、親が晩年になると有り難く、その思いを我が子供たちに知らず知らず、押し付けてしまう。
本来はは真正面から理解を示したり、惜しみなく支援したりするのではなく、後ろ斜め側から、本人が前向きになれるような肯定的な言葉と暖かい視線を向けるべきだと思う。
ただ、我々は他人とは真正面から理解や支援ができないくせに、親に真正面から向き合えたのか、接していたのか疑問や不安を残こしたまま、引きずっている場合が多い。
自分自身は親に真剣に接してきたとの思い込みがあったので葬式の時もその後も泣かなかったのだろうし、今さら後悔より、感謝のための時間を大切にしたい。
最大、最高の理解者であった親に感謝する機会はこれからもあるはずだから、その時も、素直でありたいし我が子にも接していきたい。
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