うえまさのニッキ


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1126日(土)~27日(日)、第63回全国人権同和教育研究大会が鹿児島市、奄美市において開催されました。鹿児島アリーナ、宝山ホールを始め市内高等学校、中学校、小学校等23もの会場があり、参加数は60007000人から一万人ともいわれる程の大規模な大会でした。今回、倉敷市の各中学校区の人権学習推進委員会の方々、市の職員の方々をはじめ関係者の方と共に参加してまいりました。



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初日は鹿児島アリーナでの特別分科会に参加してきました。まず栞原先生の人権教育の在り方についての講演がありました。栞原先生は人権教育の現状の報告と、人権学習を通して人権尊重は勿論の事、進路保障から勤労観、職業観までも育てる必要があるとの事でした。また、栞原先生は三重県伊賀市柘植小学校、中学校の校長先生をされたそうで、その経験から人権教育の小中学校の連携の重要性を痛感したとの事でした。



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福島県立博物館長の赤坂先生は「震災と差別」と言うテーマで講演されました。赤坂先生は震災後実際に現場を歩いて見て様々な事を感じたそうです。それを聞くと報道されているのはほんの一面だと言う事が分かりました。南相馬市の酪農家の人が、放射性物質の含まれた牧草を牛に食べさせたと一斉にマスコミが報道しましたが、実はあの時、南相馬市には全く情報が入っていなかったそうです。マスコミは一斉に引き上げ、政府関係者からも何の連絡もないままだったので、自分達の地域が一体どれくらい放射能で汚染されているか分からない、目の前にお腹を空かせた牛がいれば、誰でも牧草を食べさせるはずです。



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一番印象に残ったのは「福島の戸籍を消したい。」と言う話でした。「福島出身」と言うだけで色んな差別を受けている人がたくさんおられるそうです。将来の子供が言われもない差別を受けない為だと言う話を聞いて衝撃を受けてしまいました。又、福島テレビのアナウンサーが故郷の金沢に帰郷して、放射能汚染から逃れられた喜びを新聞に掲載し問題になった事がありました。自分では放射能は大したことないと言うスタンスで報道していた人が、実際は疑問に思っていて不安だった事を暴露したのです。本音だと思います。福島を離れて行った人を、福島に残った人が裏切り者の様に非難する。でも実際は彼らを誰も批判する事は出来ない、福島を離れて行った人も福島に残った人も同じ被害者だそうです。



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夜に鹿児島中央駅前、アミュ広場で「人権の夕べ」が開催されていました。丁度島唄が聞こえてきました。懇親会がこの後あったので、残念ながらじっくり聞く事はできませんでした。



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二日目は「人権確立を目指す教育の創造」の分科会、鹿児島市内の山下小学校の講演を聞きに行きました。ここでは実際教育現場におられる先生方の講演とその後の討論が活発に行われました。自分の不勉強を実感したのですが、未だに同和問題には色々な考えを持っておられる人がおられ、教育現場の先生方もその対応を巡って苦慮されている事やまた、心に傷を持った子供さんが、人とのつながりを通して心を開いて行く過程や、そして相手はそれを理解してあげる事の大切さ等実例をあげながら報告がありました。そんな中、子供の心を開くには先ず先生である貴方が心を開くべきだとの発言には共感するものがありました。



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アルコール依存症で入院したお父さんの事を書いて発表しようとした子供さんが、お母さんやお兄ちゃんに「恥ずかしいからやめとき。」と言われてその部分を削除してしまいました。文章の流れから、お父さんの事が何故嫌いなのかが分からくなってしまいました。相手の事を本当に心配するなら、すべてをさらけ出す事が必要です。その子供さんの悩みを聞いてあげるのはある意味その人の一番恥ずかしい所、触れて欲しくない所を知ることにもなります。中途半端な理解や偏見があれば、その事で返って差別される可能性もあります。発表された先生自身、親が離婚して母親とおばあちゃんに育てられたそうです。子供の頃お父さんがいない事がとても恥ずかしく、本当の事が言えなくて随分辛い思いをされたそうです。その思いとこの子供さんの辛い気持がオーバーラップして、ありのままの自分を理解し受け入れてくれる事が、本当の意味での人と人の繋がりだと言う事を涙ながらに訴えられていました。



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山下小学校の校訓が掲げてありました。「負けるな うそを言うな 弱い者をいじめるな」。講演を聞いた後にとても心に響きました。


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