第二次世界大戦のうち、日本とアメリカの戦争は特に太平洋戦争とも呼ばれている。日本にとって戦況も悪化していた1944年10月、いよいよアメリカ軍がフィリピンのレイテ島に侵攻上陸した時、日本の連合艦隊がこれを奪還するために、最後の総力戦として臨んだのがいわゆる「レイテ沖海戦」と呼ばれる闘いである。これまでに日本軍は多くの犠牲を出してきており、戦うにあたって主力となる航空母艦をはじめ戦力の差は歴然であった。この頃は制空権が需要であり、制空権を持って上空からの攻撃で艦隊は壊滅的な被害を受けてしまう。制空権を持たない海域での艦隊の操行は非常に危険であった。作戦を立てた当初からこの闘いは玉砕を目的とし、主力艦隊を敵陣中心に進攻させ、神風特攻隊なる体当たり戦法も行われた。この追い詰められた状況での闘いには、胸が詰まされる思いである。
織田信長が桶狭間の闘いで、大軍の今川義元を撃破したことは、その後の天下統一の切っ掛けとなった。劣勢でも奇襲を以ってすればチャンスがあるのである。日本史において戦(いくさ)は、同じ日本人であるが故に、勝ったほうは負けた側の武将や兵士を今度は自分の味方として使うことが出来る。これはまさしく「将棋」と同じで、「将棋」においても相手から取った駒は今度は自分の戦力として使えるのだ。
一方西洋将棋である「チェス」においては取った駒は使えない。戦力の増強にはならないのである。
明らかな戦力の差は一時的な優位があっても、最終的には押さえ込まれてしまう。自爆していく戦法を取って敵の大将がやっつけられれば戦果はあろうが、この闘いでもし戦果が得られたとしても、あまりにも犠牲の方が大きいような気がしてならなかった。