「湯の屁んごたる」とは、熊本弁で「湯の屁のようだ」と言う意味。意味は中身が無くて空虚な事。子供の頃、両親に「お前の話は湯の屁んごたる」と言われてよく笑われた。まさしく、突拍子もない事を話しては笑わせていたような気がする。子供ながらに「湯の屁」とは何ぞやと思ったが、深く考えないままその言葉だけが記憶に残った。
今でも、非現実的な話をよくする。だが、そんな自分に対して頭ごなしに批判する人が最近いなくなってしまった。調子に乗ってしまった時など、自分で言った後に大風呂敷を敷いてしまった等と後悔する事もある。でも、強ち気持が無いわけではないので、全否定もしにくい。
昨日ぶちまけた「温泉事業の話」。既に、スーパー銭湯が全国各地に出来て、そのノウハウさえネットで手に入る時代になった。事業費費は7~12億円、土地は1000坪程、郊外では駐車場込み2000坪、一日の集客目安は 800~2500人等ちゃんとしたメルクマールまでもある。これじゃ、ベンチャー事業でもなんでもない。挙句の果てには虎視眈々と土地探しまでしているようだ。
夢を語ってもいいが、これでは非現実極まりない。それこそ得意の「湯の屁んごたる」話である。