こんばんは
怒涛のように忙しい日々が続き、正月気分を味わう暇もありませんでした
さて、少し時間が出来たので、今日は、僕の家族(特に両親との関係)について書きたいと思います
結構ドロドロしたことや、ハードな内容も含まれてますので、気分を害されるかもしれません
では、本題に
うちは5人家族で、父、母、兄、弟がいます。
まずは父との関係について
父は会社員でしたが、技術屋ということもあり、職人気質なところがあって、しつけには厳しかったです。
発達障害なんて言葉は当然知らないわけで、忘れ物やなくし物をしょっちゅうする僕は、よく怒られていました。
正直に言って、社会人になって家を出るまで父親のことが死ぬほど嫌いでした
仕事や自分の勉強に明け暮れて、全然家のことも省みないくせに、たまに会うと怒鳴りつけるばかりで、顔を見るのも嫌でした
(実は父が割と子どものことを気にかけてくれていたことは、大人になって、ゆっくり昔のことを振り返るようになってから気づきました)
続きまして、
母親なんですが、若干クセがある人物で、自分の価値観を子どもに押しつけるふしがある人でした
それでも、父親がいつも不在だったこともあり、僕は常にどこかで母親によりどころを見出して生きていました。
ただ、価値観を押しつける母親と、認知の歪みを持つ発達障害の子どもの組み合わせは、あまり良いものではありませんでした
おもちゃや食べ物など、幼い僕が選んだものに対して、「母さんはそれは全然いいと思わない。こっちにしなさい」と、ことごとく否定的な意見をぶつけてきました。
それは悪意のない本心だったのでしょうが、子どもごころに、自分の人格が全く否定されていると思い込むようになりました。
加えて、父親同様(むしろそれ以上だったか…)、失敗を繰り返す僕を烈火のごとく叱り飛ばし、手が飛んでくることもしばしばでした
だから、今ではもうわだかまりはほとんどないのですが、未だに母親に対しては、愛情や承認を求めてしまっている自分がいます。
さらに悪条件として、兄や弟は、背が高くて、顔が小さくて、父親似の整った顔立ちをしていたのに対して、自分だけ背が低くて、頭が大きくて、決して整っているとは言えない顔立ちをしていたことがあります。
母親から冗談まじりに容姿をけなされることも、度々ありました
(いくら冗談でも、子どもに面と向かってブサイクとは言っちゃいかんだろう、と今でも思う…笑)
ほんとに、今、冷静になって考えると、父や母も人間として未成熟だったところがあると思います。
(今の自分と変わらない年の両親、と考えると無理もないのかもしれません。自分も未熟者だし…)
僕が普通の子どもだったら、多少傷ついても、まっとうに育っていたのかもしれません。
だけど、そこは発達障害の片鱗を見せていた僕。
自己肯定感が低いことに加えて、上のような親子関係があれば、いずれ溜まった鬱憤が爆発するのは火を見るより明らか
いつだったのか、何がきっかけだったのか忘れたけど、感情が制御できなくなって、泣きわめきながら、金属バットで家の壁をぶち破って、両親を怒鳴りつけたことがありました。
「俺は一体誰の子やねん!」
「なんで●●(兄)とか●●(弟)みたいに大事にしてくれへんねん!」
もう、ドラマみたいですよね
笑
あそこからですかね。
両親が明らかに変わったのは。
未だに母親は、住む場所や、仕事について口を挟んできますが、常識的な範囲におさまるようになってきました。
父親とも、普通に会話ができるようになりました。
発達障害の診断を、両親と一緒に受けたことも大きいと思います。
父親なんかは、「そうだったのか。知らなかった。それなのに辛くあたって悪かった」と、手紙で謝ってくれました
自分にも子どもができ、ついイライラしてしまう気持ちが理解できたりして、親の立場が分かるようになりました。
さぞ、イライラさせたことと思います
あと、また本の話で恐縮なんですが、『毒になる親』という本を読んで、親の言う通りにしないといけない、という呪縛から逃れられたのも大きいと思っています。
発達障害の人は、僕に限らず自己肯定感の低い人が多いように思います。
また、認知の歪みがある場合もあります。
だから、一番心のよりどころになるべき家族との関係でつまずいている人も多いんじゃないかと思っています。
自分が両親との関係をここで開示することで、何か参考になることがあれば良いな、と思って書きました
長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます