いつもありがとうございます。


今回は義実家と私について

表面上は取り繕っていましたが、最近はそれさえもできなくなってしまいました。

顔合わせの時からクセが強い人たちだなとは思っていましたが、思ってた以上にクソみたいな人達でした。


義父も義母も空気を読まないし、自己中です。他人のことなんてどうでもいいのでしょう、相手がどう思うのかまったく考えてくれません。

夫からみて両親は毒親でした。いつでもどこでも怒鳴りあいの喧嘩をする両親、家庭環境に絶望して妹さんは命を絶ちました。

私は早くに両親を亡くしましたが仲が良いほうだったと思いますし、夫の話はドラマの話のようでした。


そんな親だったので夫はなるべく私と接触しないように注意を払ってくれていました。

多分、夫は私についていろいろと言われていたと思います。

夫には感謝しています。


私が許せなかった言葉はいくつかあります。

義父も義母も言ったことすら忘れているでしょう。

義父も嫌いですが、義母は大っ嫌いです。顔もみたくない。世界で一番嫌いな人です。

我慢が出来なくなった始まりは妊娠中です。


私は娘がうまれるまでに6年かかりました。自然妊娠しても初期流産、やっと安定期に入ったら破水からの流産でした。

不妊クリニックに行き、不育症だったことがわかりました。薬や自己注射で毎日が不安の連続でした。

26週で腸閉塞になりました。腹痛と吐き気で病院に行き、そのまま黒い液体を嘔吐して緊急入院。最初は様子見でしたが、3日状況が変わらず大学病院に転院、あの時が人生で一番絶望したときだと思います。

すぐにMFICUに入りました、その時は妊娠中ということで手術のリスクよりイレウス管で様子見という判断でした。

レントゲンもCTも好きなように撮れません。胎児に影響がないように最低限の1枚だけ撮影をしました。翌朝その結果は最悪なものでした。

主治医は朝7時に病室に入ってきました。この時点で嫌な予感はしていました。

主治医は今からオペをしましょうと言いました。炎症値がかなり高い、レントゲンを見たら絞扼性イレウスの可能性があると言われました。充分な検査が出来ていないので間違いないとは言えないが、開腹して原因を取り除かないと最悪なこともありうると言われました。

続けて手術となったら麻酔をするので胎児の心拍が下がってしまう。危険だと判断したらすぐに取り出す。でも体が未熟な時期なので障害が残る可能性が高いと説明されました。

私はどうすればいいのかわかりませんでした。部屋に産科、消化器外科、NICUの先生達が集まります。皆さん深刻そうな顔です。

手術をしないという選択はありません。すぐに夫に電話をして病院にきてもらいます。その間にたくさんの同意書にサインをしました。説明もされましたが内容は覚えていません、思考がぐちゃぐちゃでなんで自分がという思いでした。不安しかなかったです。

そして午前9時から緊急オペとなりました。

私は泣きながら眠りにつきました。


名前を呼ばれて目が覚めました。

『赤ちゃんは元気だからね!まだお腹にいるよ!よく頑張った』

ただただナミダでした。本当に嬉しかった。

あとで夫から聞いた話ですが、胎児は全身麻酔で眠ってしまうので、取り出す可能性が高い。また、母子ともに危険な場合は母体優先です。と言われていたらしいです。

死ぬかと思って怖かったと真っ青な顔で教えてくれました。


これで大丈夫かとおもったのですが、まだ修羅場は続きました。


長くなったのでとりあえずここまで。