いつもありがとうございます。
前回の続きです。
手術結果はやはり絞扼性イレウスで小腸同士が絡まり血流が悪くなっていました。
原因の小腸を切除し繋ぎあわせる、癒着は剥がして手術終了。胎児も無事に妊娠継続となりました。
ほっとしたのもつかぬ間、次に言われたことは①妊娠中なので手術後に使う痛み止めが使えない。②子宮の近くを触ったので暫くは子宮収縮が多いと思う、陣痛にならないように張り止めの点滴を使う。
痛み止めは妊婦でも使えるアセトアミノフェン系の点滴や注射で対応するということでした。
3種類の薬をローテーションで入れてもらいました。
弱い薬なのですぐに効果が切れて激痛が襲ってきます。痛くて泣き叫んでいました。コロナのせいで誰にも会えない、担当看護師の方には沢山迷惑をかけてしまいました。4日ぐらいまったく眠れなくて時計と月ばかり見ていました。
張り止めの点滴もマグセントの副作用で痺れと火照りがひどく吐き気が付きまといました。子宮頸管は1.5センチまで短くなりました。
傷とは違うお腹が圧されるような痛み、重石を乗せられるような感覚が怖かったです。まだ産まれないでせめて肺ができるまで、体重が増えるまで、1日でも長くお腹にいてね、お願いねとずっとお腹に話しかけていました。
MFICUには2週間程入っていました。絶対安静が解除された時に一般病棟に移ることになりました。
一般病棟に移っても再度炎症で高熱が出たり、子宮収縮が痛かったり、傷が痛かったり、お腹が大きくなるにつれ傷が伸びて怖かったり、なかなか退院の許可が出なくて34週まで入院することになりました。
退院してもお腹が痛くならないように必要最低限の行動しかできませんでした。長時間の立ち仕事や腹圧をかけるとギューと痛くなるので家事も儘ならないときがありました。
義親は外食が好きな人たちなのでよく誘ってくれましたが、腹痛や後期悪阻もあったのでお断りをしていました。
その時に言われた
「そんなにすぐ産まれたりしないわよ、心配しすぎね。私のときは普通に家事も出来てたわ。」
そーなんですね、でも主治医になるべく控えるように言われてるんでーハハハ~と返しながら心の中では、イライラと吐き気が。
そりゃお義母さんはそれで無事に出産できたかもしれませんがね!こっちはここにたどり着くまでに沢山涙も流してきたんですわ!もう二度とこどもの遺骨を見たくないんですわ!
はじめて出産までシャットアウト。
41週まで産まれず、子宮口もまだまだということで、内診でグリグリをされて帰宅後1時間で陣痛→救急搬送中に破水→陣痛が始まって2時間後にオギャーでした。
病院に連絡したらすぐ救急車を呼んで!と言われて呼びましたが、呼んでなかったらどうなってたんだろと恐怖した出産でした!
出産後の連絡になったこともぶつくさ言われました。え?なんで?コロナだし、病院にも入れんよ?急な出産やったし?は?
ちなみに出産後お祝い膳でイレウスになり、母子ともに1ヶ月病院のお世話になりました。
鼻にイレウスチューブ入れて点滴ぶら下げながら新生児室に出入りしたので、他のお母さん達がドン引きしてたのはいい思い出です。
(普通は子どもは先に退院となりますが、私の精神状況がよろしくないと言うことで子どもも有料で預かりとなりました)
このときも私たちが面倒をみるから先に退院させたら?そっちのほうが楽でしょ?(早く孫みせろ)とうるさかったです。そのときは娘を奪われるような気がして泣いていました。ヤベーやつでした。
ここから義両親の一言多い+初孫フィーバーで私の血管をブチブチ切ることになるのです。
あと、夫はおまえ達の奴隷じゃない。息子だからって好き勝手に言うんじゃねーよ![]()
大腸とは関係ないことですが、吐き出したくて書かせていただきました。
次回予告(嘘)
子どもも産まれたし、次は大腸だね。検査したらポリペクも限界、もう大腸全摘するしかないのかな?
義母『ぺろみーさんの病気って本当なの?おとうさんが言ってるんだけど』
をお送りします![]()