言わずと知れたあの横田めぐみさんのご両親です。
私の学校のPTAの招きで来校されました。
めぐみさんの幼い頃から北朝鮮によって提供された写真まで
数々の写真が会場に展示されました。
ご両親は川崎にお住まいで、川崎市平和館(武蔵小杉)には
常設展示があります。
めぐみさんが行方不明になってから20年後に
北朝鮮にいることがわかり、さらにそれから12年が過ぎて
通算して32年の月日が流れました。
ご家族の心労はいかばかりだったでしょう。
ご夫妻はそろって昭和6年生まれの77歳
とてもお元気で若々しい雰囲気です。
めぐみさんの帰還を心の支えに
歳なんか取っていられない
ということなのでしょうか。
今回の講演に備えていろいろと調べているうちに
改めて北朝鮮への強い怒りが湧いてきました。
私は大学に入学後、個人的関心から韓国語(朝鮮語)を学びました。
めぐみさんが拉致された翌年のことです。
その時すでにめぐみさんは北朝鮮で辛い日々を過ごしていたわけです。
奇しくも私が韓国語を覚えていた頃と同時期に
めぐみさんは朝鮮語を覚えていたわけです。
何という偶然でしょうか!
「朝鮮語を覚えたら日本に帰してやる」と言われて
めぐみさんは必死に朝鮮語を覚えたそうです。
しかし5年後の18歳になった年に帰国が実は不可能とわかり
絶望感から精神に異常をきたしたと伝えられています。
全くもって非人道的なひどい話で
「お気の毒」という言葉も生ぬるく不適切に思えます。
講演の後に控室を訪ね
お母様の著書にご両親のサインをいただきました。
私は正規の授業の一環として中国語と韓国語を教えています。
歴史的に関わりの深い両国の言葉とともに
幅広くいろいなことを教えようと常々思っていますが
今回横田ご夫妻にお会いできたのを機会に
若い世代にも訴えて側面支援をしたいと思っています。
横田家だけでなく 日本の将来のためにも。
めぐみさんは明るい性格だったそうです。
お母様もとても明るい方です。
めぐみさんがとても身近な存在になりました。
「横田めぐみさん生存」
ただそれを願うのみです。
