西武ライオンズは創設4年目で早々とリーグ優勝、そして日本一に
なりましたがその前のチーム創設最初の3年間を数字で振り返って
みます。
*1973年から1982年までの10年間は、パ・リーグは2シーズン制
1年目 1979 昭和54年
試合数 勝利 敗北 引分 勝率 順位
前期 65 18 40 7 .310 6
後期 65 27 33 5 .450 5
通算 130 45 73 12 .381 6
2年目 1980 昭和55年
試合数 勝利 敗北 引分 勝率 順位
前期 65 27 34 4 .443 6
後期 65 35 30 0 .538 4
通算 130 62 64 4 .492 4
チーム記録 ①24試合連続本塁打 6/30(南海)-8/12(ロッテ)
②イニング11打点 8/7 近鉄 *パ・リーグ2度目
③月間48本塁打 8月 22試合
個人記録 ①イニング2本塁打 山崎裕之 8/ 7 近鉄
*8人目・9回目
②ゲーム5安打 山崎裕之 9/26 南海
③通算1000三振 山崎裕之 8/ 1 南海
*5人目
④毎回奪三振 松沼博久 5/28 日本ハム
3年目 1981 昭和56年
数字ではわかりませんが、この年の後期は9月まで優勝を争って
ファンを熱狂させました
試合数 勝利 敗北 引分 勝率 順位
前期 65 33 28 4 .541 2
後期 65 28 33 4 .459 5
通算 130 61 61 8 .500 4
チーム記録 ①ゲーム22打点 5/26 ロッテ
②全員毎回安打 7/20 阪急
個人記録 ①6イニング連続打席 山崎裕之 5/26 ロッテ
②6イニング連続打席 石毛宏典 5/26 ロッテ
③ゲーム5得点 山崎裕之 5/26 ロッテ 9/26 南海
④通算1000三振 山崎裕之 8/ 1 南海
*パ・リーグタイ記録
⑤プロ入り初登板初勝利 杉本 正 4/ 7 日本ハム
*パ・リーグ6人目
2年目と3年目は勝ち負けがほぼ半々で、「ごく普通のチーム」ですね。
今年も勝ち負け同数でしたから「普通のチーム」でしたね。
さびしいですが現実です。
参考までに、ここに名前の出ている選手について調べたので書いておきます
山崎裕之 1965(昭和40)年 埼玉・上尾高→東京オリオンズ
(当時はドラフト制度なし)
高卒選手史上最高額の5000万円で入団
→ドラフト制度導入の一因となる
1年目よりレギュラーに定着(二塁手)
1970(昭和45)年 ロッテ・オリオンズ パ・リーグ優勝に貢献
1974(昭和49)年 同上
1979(昭和54)年 西武ライオンズ移籍
1983(昭和58)年 2000本安打達成
1984(昭和59)年 現役引退
多くの球団からのコーチ・監督就任要請を
断り続ける
現在は解説者
文化放送ライオンズナイターにも出演
的確な指摘は高い評価
名球会(投手200勝以上・打者2000本以上
安打)会員で監督・コーチ未経験は珍しい
→家族のそばにいたい
石毛宏典 1980(昭和55)年 ドラフト1位で西武ライオンズ入団
千葉・市立銚子高→駒澤大学
→プリンスホテル
1年目に開幕スタメン出場・レギュラーに定着
(遊撃手)
☆新人王 長島茂雄(1958・昭和33年)以来の
新人打率3割
西武11回のリーグ優勝、8回の日本一に
大きく貢献
西武のチームリーダー・若大将・ミスターレオと
呼ばれる
1994(平成 6)年 森祇晶監督の後任監督の要請を断り、
FAでダイエーホークスへ移籍
1995(平成 7)年 現役引退
1998(平成10)年 ダイエーホークス二軍監督就任
一年限りで解任
2002(平成14)年 オリックス・ブルーウェーブ監督就任
翌年途中に解任
2007(平成19)年 四国アイランドリーグ設立2009(平成21)年 城西国際大学客員教授
松沼博久 1979(昭和54)年 ドラフト外で弟・雅之投手(東洋大学)とともに
西武ライオンズ入団
茨城・取手二高→東洋大学→東京ガス
1年目からローテーション投手
☆16勝で新人王
西武黄金時代を支える
プロ野球開幕連敗記録12連敗を止めた
西武ライオンズ最初の勝利投手
1990(平成 2年) 現役引退
1995-1998 千葉ロッテマリーンズ 投手コーチ
2002-2003 西武ライオンズ投手コーチ
2007- 社会人茨城トヨペット投手コーチ
杉本 正 1980(昭和55)年 ドラフト3位で西武ライオンズ入団
静岡・御殿場西高→大昭和製紙
1年目よりローテーション投手
西武V1(1982)・V2(1983)に貢献
1985(昭和60)年 田尾安志とのトレードで中日に移籍
1990(平成 2)年 トレードでダイエーに移籍
1993(平成 5)年 現役引退
1999-2001 西武ライオンズコーチ