私の勤めている学校(都立高校)でもついに学級閉鎖です。
火曜日に2クラス、昨日さらに1クラス、いずれも1年生です。
2年生も各クラス2~3名ずついます。
3年生は現在はゼロです。
やはり部活動が大きな感染源と見られ、活動自粛の部が相次いでいます。
2年生は来週の水曜から修学旅行ですが、感染して行けなくなる生徒が出ないよう祈っています。
まったくもって世界中で大迷惑ですね。
私の勤めている学校(都立高校)でもついに学級閉鎖です。
火曜日に2クラス、昨日さらに1クラス、いずれも1年生です。
2年生も各クラス2~3名ずついます。
3年生は現在はゼロです。
やはり部活動が大きな感染源と見られ、活動自粛の部が相次いでいます。
2年生は来週の水曜から修学旅行ですが、感染して行けなくなる生徒が出ないよう祈っています。
まったくもって世界中で大迷惑ですね。
この歴史に残る大事件は私にとってとても身近なものでした。
私とドイツの関わりを中心に、後日いろいろ書いてみようと思います。
ライオンズ黄金時代のエース
工藤公康投手が16年ぶりに
古巣西武に復帰
1994年のシーズンオフ
練習設備の老朽化・改善を訴えるが
球団からはよい返事をもらえず
フリーエージェントでダイエーに移籍
でも「改善」はおそらく建前だろう
今でも覚えている
「ボクは意気に感じる人間。
『工藤君、すまないがこれだけしか出せない。よろしく頼む。』
と言われれば、ボクは黙ってハンコを押しただろう。」
「僕は西武に残るつもりだったんです。でも球団は違った。
ダイエーとの密約を疑って追い出すつもりだった。
全く接触していないのに。」
「この13年は何だったんだ」(113勝・リーグ優勝11回)
契約更改交渉では条件提示もなく
「どうしてほしいんだ?」
巨人に日本シリーズで敗れ
「西武に残って来年こそ」と思っていたのに
球団のこの態度に大きく揺れた
年棒1億6000万のうち2000万を
ファンのためにと球団に返還した
その使い道を尋ねたら
「何で君に説明する必要があるんだ」
これでは球団に不信感を持つのは当たり前
いろいろあって
最後まで不信感をぬぐえないまま西武を去った
「意気に感じさせてくれるところで野球がやりたかった」
「工藤がライオンズを出て行った!」
前年オフの秋山のトレードに続く
西武ファンとしては大ショックだった
そして西武ライオンズには大変な損失だった
「工藤さん、古巣西武と戦う時は意識しますか?」
「関係ありません。食うか食われるか、それだけです。」
1994年オフは他にも気の滅入る暗い話ばかり
黄金時代を引き継いだ森祇晶監督の退任劇もひどかった
巨人との日本シリーズの最中に辞任報道
それも西武が2勝3敗で迎えた第6戦の前日
森監督退任時のコメント
「球団には心がなかった」
そしてチームリーダー石毛宏典の移籍
戦力外とは見なされても
監督就任を要請されたのだから
功労者へのねぎらいと言えるだろう
しかし要請を蹴ってダイエーへ
衰えの明らかな石毛は
どこへ行っても出番がないことは見えているのに
なぜ出て行ったのだろう
その後も中心選手が続々と流出
名二塁手辻発彦と往年のエース渡辺久信はヤクルトへ
球団は功労者たちにあまりに冷たかった
田淵幸一のように
引退試合が行われた選手は何人いただろう
西武ライオンズ第二期黄金時代の幕引きは
あまりに寂しかった
時は流れ
あれから15年
黄金時代のレギュラーで
現役を続けているのは工藤ただ一人
ライオンズファンだから
ライオンズの選手は誰でも心から応援する
でも今の工藤はもちろん当時の工藤ではない
一つでも多く勝ってほしいが
「昔の名前で出ています」で
終わらないことを切に願う