片耳日記 〜 Acoustic neuroma 〜

片耳日記 〜 Acoustic neuroma 〜

2017年の11月に聴神経腫瘍が見つかり、2018年の5月に摘出手術を受けました。現在は年1回の経過観察通院中。手術により右耳の聴力を喪失。
そんな”片耳生活”のアレコレをブログにしたためています。
試しにgoogleで、「片耳日記」と検索してみてください(^^)

ある日「聴神経腫瘍」という病気が見つかりました。
摘出手術後に右耳の聴力を失い「片耳」に...。
“不便な毎日でもゆるく楽しく”をモットーに「片耳生活」の日々を綴ります。
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このブログも書き始めてから7年以上となり

すっかり最初の目的を大幅に逸脱したモノになってしまいました(笑)

改めて自分で読み返してみて可笑しくなってしまうほど...。

 

当時、そこそこ「反響」のあった

”頭の手術後”の「バッコウ」のエピソードについて振り返ってみます。

 

 

 

ステープラーの“ハリ”を抜くあの日々の記憶

聴神経腫瘍の手術から、もう7年。
気がつけば当時のこともだいぶ霞んできましたが、それでもふとした瞬間に鮮明によみがえるエピソードがあります。中でも忘れ難いのが、医療用ステープラーの“ハリ”を抜く 「バッコウ(抜鉤)」 の日々。

今回は、当時書いた3つのブログ記事――
手術後1週間目の「半バッコウ」、術後10日目の「全バッコウ」、そして1年後に書いた「バッコウ記念日」――をまとめて振り返ってみます。

 

 


■ 手術後1週間目――はじめての「半バッコウ」

手術から1週間。麻酔も抜け、入浴も再開し、そろりそろりと頭を洗っていたころ。
後頭部には“ヘルメット感”のような妙な違和感があり、触ればホッチキスの“針”の感触。今思い返すと、よくあの状態で平気だったなぁと思います。

そんなタイミングで訪れた最初のイベントが 「半バッコウ」
「抜糸じゃなくて抜鉤(ばっこう)」という言葉を初めて知ったのもこの日でした。手術チームとは別の先生方がどやどや入って来て、盟友X氏と同室になったばかりの病室は一気に緊張モード。

幸い、傷周囲はまだ麻痺していたため痛みはほとんどなし。
「バッコウってどんな痛さなんだろう…」と勝手に身構えていた分、拍子抜けしたのを覚えています。

 


■ 術後10日目――“全バッコウ記念日”の誕生

そして手術から10日目。いよいよ “全部抜く日” がやってきました。
この頃には皮膚の感覚が少し戻ってきていて、「今回はちょっと痛いかも」と覚悟しつつも、せっかくだからとTVerで「ブラックペアン」を見て回診を待っていると――
ドラマの医師団よりリアル医師団のほうが先に登場(笑)。

この日のバッコウは、やはり少し痛かった。でも、終わった瞬間の ものすごい解放感 は今でも忘れません。「ああ、やっと全部取れた!」という晴れ晴れした気持ち。

髪の毛はどうなるんだろう?ハゲるのかな?と不安だったけれど、結果的には まったく問題なし
むしろ糸で縫うより傷が残りにくいという話を聞いて、妙に納得したものです。


■ そして発覚する「まだ残ってた事件」(笑)

ところがこの“全バッコウ記念日”から数日後。
盟友X氏と夕食を食べていたところ、彼の頭のバンドを外すため医師団が来室。ついでに記念撮影をしようとお互いに頭の写真を撮り合ったその時――

「あっ、これは……」

と固まるX氏。
ハゲでもできてる?と身構えた私の頭に残っていたのは 手術チームが固定器具のキズに打ったホチキスの針
まさかの“置き去り”でした。

慌てて廊下まで追いかけ、ナースステーション前で最後の1本を抜いてもらうという、なかなかドラマチックな幕切れ。
今となっては笑えるけれど、当時はさすがにショックでした。

 

 

 


■ 1年後に迎えた「バッコウ1周年」

翌年の同じ日、
「そういえば全部抜いたのは去年の今日だ」と気づき、“全バッコウ1周年記念日”なる記事を書きました。

当時気になっていたお相撲さんの事件映像、20ハリの数字、そして痛みのほぼ無かったバッコウの実感。
振り返ると、手術を受ける前の不安は大げさなくらいだったな、と今では少し微笑ましくもあります。

 

 

 


■ 7年経って思うこと

あの頃は、とにかく毎日が必死で、痛みや不安や違和感にいちいち振り回されていました。
でも、過ぎてしまえばすべてが“話のタネ”になり、今ではこうして懐かしく振り返ることができる。

ステープラーの“カチッ”という感触すら、今の私にとっては
「あぁ、そんな日もあったな」
と思える大事な記憶のひとつです。

7年前の自分へ――よく頑張ったね。
そして、あの日々を一緒に乗り越えた読者の皆さんにも、改めて感謝です。