KoshikoはLABOと呼ばれるその部屋に入ると稼働中のカプセルを興味深げに見つめた。
その間にYasutakaは部屋の奥にあるコンソールデスクに向かい、タッチキーを操作する。
カプセルのシールドが解除され、中の上部の様子が分かる様になり、それを見ていたKoshikoの口から
短い口笛が漏れた。

そこには眠る様に目を閉じた3体の少女の顔が透けて見える。
「はじめまして。お嬢さん方。」

歩み寄って来たYasutakaに彼女は思わず問うた。「こんな華奢な娘達がそうなの?」
「そう、彼女達が[素体]だ。進行中の[研体]がうまくいけば最終段階に進めるというわけさ。」
「こちらはまるで眠れる森のお姫様って感じね。」
「詩人だね君は。一見眠っている様に見えても経験値は蓄積されているんだよ。」
「なんだか複雑な気分になるわ。肉体と精神が別れ別れに動くなんて。ヒトとして成立するのかしら。」
意外そうな表情の彼に向かいKoshikoは呟いた。
「君からそんな言葉を聞くとはね。肉体は器に過ぎないさ。『記憶の間』を見れば理解出来るだろう。
来たまえ。」

そのまま奥の扉の向こうへ二人が進むと、そこは広大なスペースが広がっていた。
全体は八角形で構成され、総面積約50万㎡はあると思われる空間に迷路の様にラックが並んでいた。
実際うっかり迷い込んだら出られなくなる危険があるため、生身の人間の立ち入りは禁止されている。
二人はその部屋の上層部から見下ろす位置にいるのだが、よく下を見ると通路を忙しそうに動き回っている
四足歩行の機械がいた。棚から各種資料をアームで下ろしては自らの胴部に入れ、しばらくすると
元に戻すという作業を繰り返している。

「『記憶の間』とはよくつけたものね。さすがに目眩がするわ。」Koshikoが圧倒された様に言った。
「正式には『ジ・アーカイブス』だがね。古今東西における知の集積場さ。私が『館長』等と揶揄される
要因の一つだけどね。」
「現在、ネットによって個の情報は極限まで並列化されつつある。記憶さえもだ。人間の脳の容量は
いくら脳科学によって開拓しても限界がある以上、外部記憶装置は必要不可欠ということだよ。
ここの建設計画時にうまく潜り込めてラッキーだった。他の、特に政府の役人なんかに人類の英知の結晶
をいじくり回されたら取り返しがつかないからね。私はこれらを最大限有効活用していくつもりだ。」
「そして遺伝子工学とサイボーグ技術を併用して・・・」
「ああ。次のステージに移行するためだよ。軍事用などという下らん目的じゃあ無い。」
吐き捨てる様にYasutakaは言った。
「あまりそういう事を口にしない方が良いわよ。」Koshikoは眉をひそめて囁いた。
「ここは大丈夫だよ。まあいい。とにかく上の連中をごまかすのもそろそろ限界だな。今度の会議で
恐らく何らかの成果を見せろという話になるだろう。それをどう乗り切るか、だが。」
「あ、そうだ忘れる所だった。その会議だけど来月の3日、例によってアースガルズの『ディヴィーナ』
本社会議室で行われるそうよ。」
「第3惑星まで行かないとならんのか。それにあそこは重力がなあ。」
「ここの0.8Gに比べると天然の1.05Gはキツいわね。せいぜい一ヶ月で体を鍛えといて。」
ウンザリ顔のYasutakaを見てKoshikoはくすくす笑う。


 一ヶ月後、第3惑星『アースガルズ』ノースエリア。惑星最大の大陸にある首都ノーデンス。
そのウエンリー宇宙港メインゲートを出て来るYasutakaの姿があった。
小刻みな亜空間航行と、気候制御がされているとはいえ、この惑星独特の天然の酸素と照りつける日光
そして『アイオーン』との重力の違いで早くも疲れを感じている。
オートキャブ乗り場で空車をつかまえて、行き先であり彼が所属する会社でもある『ディヴィーナ』本社の
エリアコードを座席前のパネルに打ち込み請求額のクレジットをスロットに入れると、ぐったりとシートに
沈み込んだ。
ふと思い出して、パネル内のディスプレイでニュース回線に合わせてみる。
テロップと報道映像が惑星内外の様々なニュースをいつもは流し続けているのだが、今は一つのニュースのみ
繰り返していた。

『三日前に発生したサウスエリアの星系軍ポジトロン研究所におけるクーデターは、周辺自治区を巻き込み
内戦の様相を呈しつつあります。当該エリアは連邦府ならびに星系軍により封鎖中。
民間人の立ち入りは禁止されております。違反者には厳罰が課せられますのでくれぐれもご注意下さい。』


うまくいったみたいだ。あの辺の自治区はもともと星系軍に良い感情は無い。一旦箍が外れればこの
惑星にいる連中では手に負えまい。そうすれば必ず本部制圧部隊が出ばってくる。
その時『あいつら』の力を試すチャンスだ。開発中のアレも手に入れられるかもしれん。
Yasutakaはディスプレイを見つめながら、心の中で呟いていた。

 それから二日後、結局彼の予想は外れる事になった。
会議当日となりホテルを出ようとしていた所に会議の一時延期の通知が入った。
理由を問い質した彼に驚くべき情報がもたらされる。

事態を重く見た惑星政府が連邦府に精鋭部隊の投入を要請し、想定より早く事態収拾に動いたのだが
その一個連隊が一日で壊滅状態になったのだ。
当然詳細は公表されなかったが、星系軍はパニックに陥っていた。出席予定だった高官も現場処理で
会議どころではないという。
それも当然だ。約3,000人あまりの部隊がたった3人に壊滅したというのだから。




ーto be continued