最近自分の事を書くのが流行ってきてる様なので、ってブログは元々そういうものかww
 あまり興味無いでしょうが、僕も便乗してみます。

  思えば物心ついた頃から音楽は好きだったみたいですね。TVドラマを見ててもまず音楽が気になって
 サントラのソノシートを買ってもらったりしてました。
 あとは小学校高学年まではクラシックばかり聴いていたと思います。
 別に金持ちでもなんでもない中流家庭でしたが母親がクラシック好きで、家にあったハイドンのLP
 『交響曲第94番』通称「びっくり交響曲」を面白がって何度も聴いていた記憶があります。
 自分で初めて買ったレコードは、木枯らし紋次郎の主題歌『誰かが風の中で』のドーナツ盤でした。
 学校で串をくわえての紋次郎ごっこが禁止になるくらい流行ってましからね(笑)

  洋楽に触れたのは中学入学時にトランジスタラジオを買ってもらい音楽番組を聴く様になってからです。
 劇的に視野が広がりましたね。小林克也さんの番組や深夜放送(僕は『パックインミュージック』派
 でした)から砂が水を吸い込む様にむさぼり聴いてました。

 ロックは、グラムロック(今のビジュアル系の先祖ではありますが、遥かにイカガワしいものでした)
 の全盛期。ーちょうどその頃TVで始まった『リブ・ヤング!』という情報番組があります。
 愛川欽也司会で、音楽や映画情報の担当は今野雄二というかなり本格的なものでした。
(信じられないでしょうが、当時キンキンは若者文化のカリスマ的存在だったんですw)
 この中で紹介されたデビッド・ボウイとT.REXのライブ映像のインパクトは未だに覚えています。
 男が化粧して、良くわからない衣装でエレキを弾いて歌ってるという、今なら普通でも当時これが日曜の
 夕方(笑点より前!)にTVから茶の間に流れた衝撃たるや・・・(笑)

 個人的にはT.REXの『GET IT ON』の音の格好良さに魅せられ、最初に買った洋楽のレコードでもあります。
 だから最近の『20センチュリーボーイ』なんて、なんで今頃?というくすぐったさがありますな。
 
  この辺から一気にロック漬けになります。それもUKものばかり。
 ディープ・パープル、クイーン、ユーライア・ヒープ、ビートルズ少々w、バークレイ・ジェームス・
 ハーベスト、イエス、EL&P、ピンクフロイド、キングクリムゾンと徐々にプログレにハマっていき
 ました。それと同時にキャンディーズとの運命的な出会いが重なり、早くもカオス状態ですww
 あとラジオで知ったサンタナで、分からないながらもラテンのリズムが好きになりました。
 中2以降はもうめちゃくちゃです。
 ピンクフロイド、サンタナ、キングクリムゾン、ディープ・パープル、キャンディーズ、かぐや姫
 ガロ、井上陽水、六文銭、加藤登紀子、この辺を同等に聴いてましたね (^O^)/
 
 高校に入ると吹奏楽部に入った事もあり、上記に更にJAZZが加わります。
 秋吉敏子(※マンディ満ちるのお母さん)&ル-・タバキンビッグバンド、北村英二オールスターズ
 マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンetc. あと筒井康隆の影響で山下洋輔トリオやオーネット・
 コールマン等フリージャズにも手を出しました。・・・イヤなガキだね、どうも(^▽^;)
 ただなぜかメインストリーム的なアメリカンロックやPOPS、がスッポリ抜けてます。
 実際全く食指が動かなかったんだから仕方無い。

 高校時代は文化祭等で「エレキ禁止」という今では何それ?という慣習がまかり通っていました。
 これを巡り学校側と交渉する生徒集会があった程ですww 結局NOでしたけどね。
 そのリベンジで大学へはロックをやる為だけに進みました。(ってダメじゃん)
 ギターをやるつもりでしたが、周りの連中のテクを見て3日で諦めてドラムに転向。
 最初はご他聞に漏れずレッド・ツェッペリン、四人囃子とかやってましたが、フュージョンブーム到来
 プリズム、スペース・サーカス(これは分からないだろうなあww)、リー・リトナー、ラリー・カール
 トンがサークルで大流行。(カシオペアはさすがにコピーは無理でした)
 ま、それなりに楽しく過ごして一応4年で卒業しました。
 今思うと、一週間ででっち上げた卒論がよく通ったものだとゼミの先生に感謝ですε=(。・д・。)

  その後80年代中盤から96年くらいまではPOPS系は殆ど興味を持てるものが無く、自分の中では
 音楽史の『暗黒の10年』と勝手に呼んでます。ところが今またこの当時の音を新鮮に感じてるとは
 皮肉なもんですねえ(*^▽^*)

  その頃ちゃんと聴いたのはYMO、ホルガーチューカイというスネークマンショー絡みのヤツか
 マイケル、マドンナ、くらい。それ以外はJAZZとCLASSIC、World Musicばかり聴いてたなあ。
 特にバブル全盛期の国内のチャートは、音楽と呼ぶのも穢らわしい某一派に蹂躙されて絶望しか
 感じませんでした。
 このままでは日本の音楽が嫌いになってしまう、という時にやっと宇多田ヒカルやMISIA、BONNIE
 PINK等まともな人達が相次いでデビューしてどれだけホッとしたか。

 そして同時期にエヴァを知り、封印していたオタク魂のパンドラの箱が開く事になります(笑)
 封印していた間に発酵が進みエラい状態になってましたがねww

 徐々にJAZZ寄りの面白い人が増えて、U.F.O(ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼーション)
 KYOTO JAZZ MASSIVE、モンドグロッソ等を中心にクラブミュージックに傾倒していきます。
 元々4つ打ちは好きだし、一時流行った『ツーステップ』は聴き倒しましたね。
 あとビヨークを聴いて衝撃を受け、テクノミュージックの進化を思い知らされました。
 
 そうこうして2008年、ラジオから妙なループを入れた加工された声の曲が耳に引っ掛かります。
 『ポリリズム』との、そしてPerfume及び中田ヤスタカという逸材との出会いの瞬間でした。
 で、瞬く間に中毒となり気が付いたらこうして、何が面白いんだ?と昔は言ってたブログまで書いて
 いるというお粗末。
 Perfumeがもしあの時、まだアイドル路線のままだったら正直見向きもしなかったと思います。
 そうしたら皆さんと交流したりは出来ていなかった訳で。不思議な巡り合わせですな。
 


 ーという事で後半だいぶ端折りましたが、まあたまにはこんなのも良いよね。ちゃんちゃん。