某銀河系の中心部から遥かに外れた小さなSOL型星系。
 全部で9個の惑星からなり、第4惑星と第5惑星の間にある小惑星帯の中にひと際巨大な岩塊がある。
 『蜜蜂の巣』という固有名が付くくらいの大きさだから、その規模も知れよう。
 そこには星間航行の中継点として宿泊施設は勿論、様々な施設が設けられている。
 当然、各種港湾施設に従事する人々や宇宙船乗りを相手にする店も地域ごとに密集している訳だ。
 そんな中、民間機用発着ドッグに程近い賑やかな飲食街の外れに、ポツンと一軒の店がある。
 ネオンサインも全く無く、知らない人間には普通のチタン製の住宅にしか見えない。
 
 

  カウンターに映り込む間接照明をぼんやり見つめながら、彼女は考え込んでいた。
 いつもの癖でストールに座りグラスを磨きながら、考えるというより途方に暮れていたと言うほうが
 近いかもしれない。
 
 15人程でいっぱいになる店内は低くアンビエントミュージックが流れ、一見するとわからないが
 見る人が見れば驚くインテリアで統一されている。壁に至っては特注のピンククリスタル素材だ。
 ここが宇宙空間なのを一瞬忘れそうである。

 「もう今夜は閉めようか。」
 最近またウエーブをかけた黒髪を掻き揚げた彼女は、壁のホログラムクロックにチラと目をやり
 誰にともなく呟いた。
 週初めなので客はいない。一番奥の指定席に座る男を除いて。

 「Yukaから最近連絡は無いのか?」男が手にしたグラスを置きながら言った。
 「ないんよね。こっちに帰って来たみたいだからそろそろ顔を出すとは思うけど。」
 男の方をいたずらっぽく見ながら、店主であるAyakaは応えた。
 「Kazuさんこそ連絡取ってないの?」

 「バカ言え、もう何年経ってると思うんだよ。」
 苦笑しつつ、ポケットから10クレジット硬貨を置いて立ち上がり’Kazu’がドアに向かう。
 「じゃ、さっきの話、伝えたからな。今週中には返事をくれ。」

 「わかったわよ。とにかく話してみるけど・・・」Ayakaが言いかけた時、突然ALERTが店内に
 鳴り響いた。



 「何だ!?」Kazuが叫びながらカウンター横のモニターに目をやると、外でなにかが爆発した様子
 が見えた。しかし宇宙空間では遠近感が分からないため、遠いのか近いのか判断できない。
 しかし緊急避難の自動アナウンスがモニターから流れているという事は、凶兆なのは確かだ。
 気がつくと同時に、弾かれた様にヘルメットを掴み、常に身に付けているピンクのドレス風衣装を
 脱ぎ捨てながらその下のスペーススーツ姿でカウンターを飛び越えて来たAyakaが、脇をすり抜け
 て店の奥に向かう。

 「Kazuさん船は?」一緒に走り出した彼に向かいAyakaが先程とは別人の様な声で尋ねる。
 「いつもの”ポリ”だ。プライベートドッグに停泊してる。」Kazuも彼女がこういう態度の時は只事
 では無いのを知っているので、腰に巻いたレーザーガンのエネルギーパックの予備を確認しながら
 腕のコントローラーで愛機のエンジンを起動させた。

 壁の隠しスイッチを押して暗証番号を打ち込み、開いた横の小窓の中に彼女が顔を付けると同時に
 虹彩認証が始まる。画面にOK.が出ると共に床面の一部が動き、地下への階段が現れた。
 2人とも無言で駆け下りる。
 上の店とはうって変わって殺風景な地下に大小二つ部屋がある。
 一つは各種武器格納庫兼整備室で、もう一つは簡易回復カプセル付きの5m四方ほどの居住区だ。
 その部屋の中を見て、異常がない事を確認したAyakaはホッとした様子でKazuに目で頷いた。

 「『彼女』が目を覚ます前に移動する必要がありそうだな。」
 「本部に運ぶしかないかしら?まだ早いけど・・・」Ayakaは気が進まぬが仕方ないという感じで
 一応確認した。
 「それしか無い。さっきから港湾局と警察の無線も混乱状態だ。封鎖されると厄介だよ。」
 内耳に組み込んである受信機で外の様子を聴きながらKazuが言った。
 「やれやれ。面倒な事になったわね。」彼女は年寄りじみた溜め息をついてカプセルのキャリーを
 手慣れた様子で外し、そのまま引き始めた。
 
 通路の突き当たりの壁はそっくり開く様になっており、係留ドッグに繋がっている。
 Kazuと共にヘルメットを装着。居住区側のハッチを閉めてエアーを抜く。真空になったのを
 確認してこれもピンク色の小型高速艇『Puppy』の係留を解除し、運んで来たカプセルを乗員区画
 に固定。そして操縦席から緊急発進の申請を手早く済ませようとしたAyakaの手が止まった。
 「ね、ねえ、おかしいわ。港湾局のサイトが404なんて事ある?」
 「あり得ん。どんな有事にもあそこだけは何重にもセーフティーが掛かってるはずだ。」
 「じゃあ・・・」規則を破るのが嫌いなAyakaの顔が曇る。
 「仕方ないよ。後でなんとかする。このままGOだ。俺の”ポリ”に乗り込むのが先決だ。」
 「了解。いきますよー。」どうなとなれ、という口調でドライブをONに入れた。
 
 蹴飛ばされる様に飛び出した『Puppy』は1分ほどでKazuが個人で保有しているプライベート
 ドッグに着いた。予め解放されていた”ポリリズム”の小型艇収納区画内に直接着艦する。
 誘導レーザーが有るとは言え、操縦者の技量が要求される技だ。
 その間も何が起きているのか情報を得ようと検索をかけ続けていたが、どうやら港全体が大混乱
 に陥っているらしい。
 たまにどの船からか分からない「あの女め!」とか「畜生、なぜ当たらん」という声が傍受でき
 それを聞いた2人はハッとして顔を見合わせた。
 
 「よし、発艦準備OKだ。”ポリリズム”出るぞ」と艇長席のKazu。
 「こっちも良いわよ。」航宙士席のAyakaが豊かな胸に食い込むセーフティバーを気にしながら
 答えた。

 港湾地区の境界線を出るまではレーダー類の艦外伸張は出来ないので、微速前進による有視界
 航行で進むしかない。
 しかしレーダーを使うまでもなく、ついさっき破壊された戦闘艇があちこちに浮かんでいた。
 船名や所属コードは消されているようで、不明だ。
 やっと通常航行可能域に出た2人は危惧していた事態を目の当たりにする。

 『もーなんなのよ、こいつらー!』傍受無線から幼さと艶っぽさが混じった声が飛び込んで来た。
 『急に女の子に撃って来たりしてっ。気持ち悪い!』
 一瞬Ayakaは片手で顔を覆った。「やっぱり・・・」
 一般回線を切ることさえ忘れて興奮している。今のうち何とかしないと”アレ”を使いかねない。

 気が付くと指が勝手に周波数を合わせた秘匿回線に向かって叫んでいた。
 「あんた何やってんの!今すぐやめなさい、Yuka!!」
 その言葉とほぼ同時にスピーカーから声が被る。
 『もうアッタマきた。みんな吹き飛ばしてやるわ!』

 「あ、ダメ!」
 『・・・あれ?A~ちゃん?』


 
 全天が赤くなり、混信していたスピーカーから敵の『ひっ』『わっ』という悲鳴が聞こえた。
 だが次の瞬間にはノイズだけになった。
 


 

  ー to be continued


 




 ※この物語はフィクションです。実在するいかなる個人・団体とも関係ありまめん。