オイラは元野良猫。今はある家で暮らしている。
オイラは外で生まれて、ずっと外で生きてきたんだ。
外は自由だけど、その日のご飯にもありつけるかどうかわからない、嵐や夏の暑さ、冬の寒さ、生きていくのは大変だったよ。
それに人間に虐められたり、殺されたりする仲間もたくさんいた。
車に轢かれて死んだ仲間もいた。
とにかく外の暮らしは過酷だったんだ。
それでも、オイラは外で生きていくことに誇りも持っていた。
でも、あの頃はいつもお腹を空かせていたな…。
※ ※ ※ ※ ※
ある日、いつものように食べ物を探してた時、ある家の庭に迷い込んでしまった。
家の人に見つかってしまって、逃げようとしたんだけど、その人はそっとご飯を置いてくれた。
オイラは人間は怖い生き物だと思っていたからかなり警戒していた。
だけど、その人はご飯を置いてすぐにそばを離れた。
オイラは慎重にご飯に近づいて、急いて食べた。
それから、毎日ご飯をもらいにその家の庭先に通うようになった。
そうしているうちに気づいたんだ、
家の中に若くて美しい猫がいることに。
その子は窓ガラス越しに、いつもご飯を食べてるオイラをじっと見つめていた。
その子は何か言いたそうにしていた。
オイラはその子のことが気になっていたけど、人間が住む家には近づきたくなかった。
そんなある日、その子はオイラの心に話しかけてきた。
「ご飯は美味しい?」
オイラはちょっとびっくりしたけど、すぐに答えた。
「うん、美味しいよ。ここでご飯をもらえるから、なんとか命をつなげてるよ。」
「そう、それは良かった。ここのお母さんは優しいのよ。
アタシも元は外で暮らしてた。
お母さんに拾われて今まで幸せに暮らして来たの。
ただアタシは病気で、外には出られないの。」
ちょっと悲しそうにしているその子のために、オイラは外で起きた出来事や仲間の話を聞かせてあげた。
その子は嬉しそうに目を輝かせてオイラの話を聞いていた。
そして、いつしかオイラはその子に恋をしていたんだ。
それから、オイラはご飯を食べた後は、窓ガラス越しにその子と話すのが日課になっていた。
その家に通うのが楽しみになった。
窓ガラスが邪魔で触れることは出来なかったけど、それでもオイラはじゅうぶん幸せだった。
そんな幸せがしばらく続いたある日のこと、その子はオイラに言ったんだ。
「アタシはもうすぐ死ぬわ。自分でわかるの、お迎えが来るって。」
「突然、何言うんだよ。死ぬなんて嫌だよ!」
「仕方ないの、寿命なの、生まれた時から決まってるのよ。
アナタと出会えて本当に良かった、幸せだったわ。
でね、ひとつお願いがあるの。
アナタと同じくらい大切なお母さんのこと、アナタに託したいの。
アタシが死んだら、お母さんきっと悲しむわ。
だからアタシがいなくなった後、アナタにこの家の子になって欲しいの。
この家で暮らしてくれない?」
お願いを聞いて一応約束はしたものの、オイラはどうしていいかわからなかった。
人間と一緒に暮らすなんて考えたこともなかったから…。
それから間も無くして、その子は死んでしまった、オイラを残して…。
悲しくて悲しくてやりきれない思いだった。
大切な何かを失うってこういう気持ちなのかと…。
あの子がいないあの家に通うのもやめていた。
でも、ふと思った…。
あの子を亡くして、あの家のお母さんも同じ思いでいるのかな。
きっと悲しくて寂しくて辛いだろうな。
オイラはやっと決心した。
そして、久しぶりにあの子の家の前まで行き、
「にゃ〜ん、にゃ〜ん!」
と、大きな声で鳴いてみた。
ガラガラと音がして戸が開いた。
中からお母さんが出て来て驚いたように言った。
「あんた、どうしていたの?
ミミが亡くなって1ヶ月も顔を見せないで。
心配してたんたよ。
あんた、もしかしてうちの子になりに来てくれたの?
これもミミのお導きなのかねぇ…。
お腹空いたろ、さぁ、入りなさいな。」
お母さんはそう言うと優しくオイラを招き入れてくれた。
オイラはもう一度、鳴いてみた。
「にゃ〜ん。」
これが今、オイラにできる精一杯の甘え方だけど、それでもいいよね。
オイラ、約束守ったよ。
君の分もこの家で生きてみせる。
そして、君の大切なお母さんのことずっと守っていく。