先日の訪問で合計31回を数える高知への遠征(土佐攻め)
ですが、
久しぶりに幡多地区にいってきましたー
「窪川でお土産買って、宿毛で釣りをして、中村で宿泊した」という感じです
この文章を2026年現代語訳すると、
「四万十町の中心部でお土産買って、宿毛で釣りをして、四万十市の中心部で宿泊した」
となるのでしょうか?
四万十町の合併が2006年、四万十市の合併がさらに遡り2005年、しかも中村に四万十町ってのがあったらしいですw
せっかく合併したのだから、その土地や地域を表現する地名にしようということだと思います。ここでは、どれだけ「四万十」に縋るねんというツッコミではなく、逆に「四万十」という名称にあいまいさを感じてしまいます
もちろん行政の都合上、民意が多少なりとも反映されて決定されたことなので、仕方はないのでしょうが、自分のいた場所、馴染みのある地名が現代から消えること、他府県の人からは当然旧地名なんて興味関心もあまりないでしょうから、なおさら全国民の記憶から消されがちになるのでは?と今回改めて思った次第です
故郷を語ったり、懐かしむ際の記号(地名)がなくなることは、心に留める理由が希薄になり、地方の過疎を何か逆に後押ししてるんじゃないの?というのは考えすぎでしょうか
(カタカナやひらがな市がそこそこ現れたというのとはまた異なります)
幡多地区の道路標識の表記は、まだ一部新名称(旧名称)でしたが、
せめて併記はお願いしたいなぁという気分です
ブログタイトル「くーまー」
で地方に住んで頂く結果、旅行者の(お腹の)安全が担保される的なことを書きましたが、あくまで地方を応援していきたい思考です
久しぶりに幡多地区にいってきましたー
「窪川でお土産買って、宿毛で釣りをして、中村で宿泊した」という感じです
この文章を2026年現代語訳すると、
「四万十町の中心部でお土産買って、宿毛で釣りをして、四万十市の中心部で宿泊した」
となるのでしょうか?
四万十町の合併が2006年、四万十市の合併がさらに遡り2005年、しかも中村に四万十町ってのがあったらしいですw
せっかく合併したのだから、その土地や地域を表現する地名にしようということだと思います。ここでは、どれだけ「四万十」に縋るねんというツッコミではなく、逆に「四万十」という名称にあいまいさを感じてしまいます
もちろん行政の都合上、民意が多少なりとも反映されて決定されたことなので、仕方はないのでしょうが、自分のいた場所、馴染みのある地名が現代から消えること、他府県の人からは当然旧地名なんて興味関心もあまりないでしょうから、なおさら全国民の記憶から消されがちになるのでは?と今回改めて思った次第です
故郷を語ったり、懐かしむ際の記号(地名)がなくなることは、心に留める理由が希薄になり、地方の過疎を何か逆に後押ししてるんじゃないの?というのは考えすぎでしょうか
(カタカナやひらがな市がそこそこ現れたというのとはまた異なります)
幡多地区の道路標識の表記は、まだ一部新名称(旧名称)でしたが、
せめて併記はお願いしたいなぁという気分です
ブログタイトル「くーまー」