2025年 3月 15日(土)
きっかけ
5年前、母が急逝しました。
風呂場でヒートショックによる、心臓麻痺が原因でした。
5年も経っているのに、この文を書いているだけで涙が止まりません。
あの日に戻ってやり直せるなら、どんなに嬉しいか。
でも、このままではダメだと思い5年という区切りにもなる今年こそはとの決意も込めて、これから不定期で書いていこうと思い立ちました。
我が家の家族構成
大阪在住の父、母、私、弟の四人家族。
父は東京に単身赴任。
弟はほぼ寝に帰ってくるのみ。
家には、母と私の二人暮らし状態でした。
突然、母が亡くなりました。
2020/3中旬、早朝
この日から数日の事は普段、忘れっぽい私でも鮮明に覚えています。
朝目が覚めてトイレに行こうとした時に居間のTVと電気がつけっぱなしで、お風呂場の電気も、ついたままで、
「また、消し忘れたな」と思ったけど
念のためと風呂場の扉を開けると母が倒れているのが目に入り、慌てて救急車を呼んだけど間に合わなかった。
後の死亡診断書で分かった事ですが、深夜にお風呂に入ろうとして、ヒートショックで心不全で亡くなったそうです。
当時もそうですが、深夜から朝にかけてかなり冷え込み、コートがいるくらいの気温でした。
我が家の風呂場はタイル張りの古いタイプで、シャワーなどで温めておかないと外気温と変わらないくらい寒いです。
普段から、水道代を気にして浴室内をシャワーなどで温めず裸になって浴室内に入ってから、シャワーを出していたので、そうしたのでしょう。
この事に関して、もっと言っておけばよかった、、、
前日は金曜日で土日は夜更かし気味の私がその日に限って早めに就寝してしまい、発見が遅れてしまったのが、5年経った今でも悔やまれてなりません。
あの日、起きていて、早く見つけることができたら、もしかしたらと考えてしまいます。
救急隊の方に「申し上げにくいのですが、もうすでに顎の死後硬直が始まっているので、手の施しようがありません。
こういった場合は警察に連絡しないといけないので、連絡しますね。」
と言われ、その場で頽れてしまいました。
ショック過ぎると人間って涙が出なくなるんですね。
弟は当時、夜勤の仕事をしていたので、帰宅途中で私のパニクった電話を受け、「もうすぐ着くから落ち着け!」と言われてしまいました。
警察が来て、前日の行動や、最後に話したのは何時かなど、聞かれたのですが、はっきりとは覚えておらず、なんの話をしたのかも思い出せない有様でした。
弟と一緒に、警官からの質問に答え、事件性はないとの判断がされ、母はそのまま、警察の霊安室へと運ばれていきました。
父への連絡、葬儀の手配、親戚への連絡、母の職場への連絡、などなどバタバタとしていたこともあって、あまり実感がありませんでした。私が見つけているのに。
次の朝、目が覚めたら普通に居間の椅子に座ってテレビを見ているのでは?と
これは夢なのでは?と
でも棺に入っている母を見た時、「あーもう話せないんだな、現実なんだ」と。
葬儀の最中、施設の電気が突然、消えました。
私は咄嗟に「母さんが怒ってるのかも」と思いました。
すぐそばにいたのに、なんで助けてくれなかったのかと。
その事があったのもあって、いまだに立ち直れずにいます。
でも、このままでは、ずっと母に心配をかけてしまう、まともな親孝行も出来ずにお別れしてしまったのに。
今まで、自分の中だけで悶々と思い続けていましたが、少しでも前を向くために、文字にして気持ちの整理をしようと思いました。
支離滅裂で読めたものではないと思います。
でも、たまにこうして、自分の本当の気持ちを吐き出して行こうと思います。
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