さてたんぽぽは男の子が多いのですぐに手が出てしまい、けんかになってしまいます。

自分がされていない場合でも、友達を泣かしてしまった子を、叩いたり押したりという事がよくあります。

正義感からした事でも、方法を間違え、力で押さえ込んでしまえばなにも変わりません。

『目には目を』の仕方では、意味がないと思うのです。

でもこれに関しては私自身反省する所です。子ども達は私たちのすることをちゃんと見ているという事です。

どうして子ども達が、【泣かした子を同じように泣かしてしまうのか?】と考えた時、私の対応の仕方を考えてみました。

けんかが起こる  
 ↓
どちらかが泣く   

泣かせた子を叱る   

泣かせた子に謝らせる。 ↓
泣いた子を慰める

大体こんな流れで対応していました。

このやり方では叱る事に注目が当たり、思いやりをそだてるという点が、育ちきれないのじゃないかと思っていました。

それで泣かせた子を叱る事を、やめようと思っていました。

そんな時火傷をした私の手を、一人の子が蹴ってしまったので、思わず「痛い!!」と言ってしまったのを見て別の子が、押してしまったのです。

私が感じた事は、「先生痛かった?」「大丈夫?」って言って欲しかったなーという事でした。

上の5つの中で何にポイントを置くか?一番は一番最後になっている「泣いた子を慰める」という事じゃないかと思うんです。子ども自身の中にはちゃんと良心が育っています。

だからその事を信じて、子ども自身が「悪かった・悪い事をしてしまった」という思いがこどもの内側から出てくる事を信じようと思ったんです。

大事なのは叱る事ではなくて、子ども自身が気付く事だと思うんです。

手っ取り早く叱るのは、ただの自己満足なんじゃないかと思うんです。そこが子育てで一番大事でなかなか出来ない“待つ”という事だと思います。

逆に“こどもの事を信じて待つ”という事が、一番の近道だと思うんです。

という事で、叱る事から泣いた子を慰めるように変えてみたところ、ちょっと変化が見られるようになってきました。

先に叱る事をしていた時は、話をしてもなかなか素直に「ごめんなさい」が言えなかったのに(叱った時に限って時間がかかっていました)、話をしなくてもしばらくして「何か言わなくて良いの?」とちょっと誘導の言葉をかけるだけで「ごめんなさい」と言えるようになってきました。

さらに周りの子が、泣いている子を“よしよし”としてくれるようになってきたのです。まだ始めたばかりなので、これからの様子を見て行こうと思います。