翌朝、早起きして、と言っても7時30分ですが、旅館の2階から標高6740mの梅里雪山の金色に光るタイミングを待つこと20分、日中は10度以上でも朝方は零下18度(←推測)と寒くて、凍えそうになりながらカメラを構えていましたが、金色になるタイミングがいまいちわからず、展望台の近くまで朝ごはんを食べに行きました。
↑金色というよりは、赤色に近い・・・夏より雪は多いとのことですが、思ったより少ない・・・
↑でも、角度によっては雪が多く見えます。展望台は地元の人(チベット族)?だと無料だそうですが、この白い搭と雪山の写真をとるだけで60元という入場料が高くて、貧乏性の私は門の外から撮影させて頂きました。
朝ごはんは、この展望台の斜め前にある小さなレストランで、お粥、チベット風ピザ、卵、ザーサイでひとり7.5元。
昨日から行動を共にしている現役大学生の中国人3人の英語力は、英語から遠ざかって久しいワタクシにはネイティブが話しているようにしか聞こえないほど流暢なので、アメリカ人との交流は全て彼らにまかせていたのですが、昨晩の麺と言い、この日の朝ごはんのお粥といい、アメリカ人にどんな食べ物かを説明するのに四苦八苦していて、麺は、中国語の単語の音をそのままグォチャォミーシェンと言って、お粥も同じくジョウとしか表現できず、アメリカ人は、分かりませんっと困っていました。
ここは、私の唯一の出番だと思って、麺は、ライスヌードル、お粥はライススープ?スープライス?と言ったら、アメリカ人は、なるほど~と分かってくれました(想像したものと実物が一致していたかは分かりませんが
)
朝ごはんを食べながら、これからどうやって雨崩村にいくかを話し合っていたら、大学生A君がガイドブックなどには車をチャーターして西当という温泉のある村まで移動して、そこから徒歩或いは馬(実際はロバ?)に乗っていくのがメジャーだけど、そうするとチャーター代と入村費が高くつくから、展望台の下から下山しようという提案したので、レストランから出て展望台から見ると、さっき眺めた雪山のはるか下のほうに西当と思われる村落が見えました。
↑この展望台の下をひたすら下りていくと、
↑雪山の遥か下にある村が見えます。
↑写真は勿論、肉眼で見てもそう遠くはないし、道らしき通り道があるので、旅館に戻ってリュックを担ぎ、大きな荷物は旅館に預けて10時過ぎに出発
↑初めは、はっきりとした一本の道があって、それをひたすら歩いていたのですが、30分もたつとだんだん道が険しくなり、木を潜り抜けたり、岩を登ったりすること1時間、そのうち目指していた村が見えなくなり、展望台も見えなくなりました。
ここで、今回の旅で3回目の英会話、we lost ・・・(?)つたない英語力ですが、アメリカ人にはしっかり伝わりました。中国人には伝わらなかったので、中国語で言い直しました
こういうときに、人間の性格というべきか、国民性というべきか、そういうものがはっきりと出てきます。
アメリカ人(男性)の意見:
女性(2人)の体力を考えると、これ以上、道なき道を進むのは危険である、そもそも、方位磁石もなければ、地図ももっていない、更に道をききたくても人がいない、実際に道ではなくなってから1時間たつので、途中で道からそれた可能性が大きく、携帯の電波もない、万一、ケガや事故でも起きても無理である。展望台まで戻ったほうが無難である。
日本人(ワタクシ)の意見:
道を聞きたくても、道ですれ違ったのは出発して30分くらいのとこの牛のみ、でも、あの牛のいた場所までは、道があって、牛糞もあって、ゴミもちらほら捨ててあったけど、その後、急に道はないし、牛糞もないし、ゴミもないので、この道は絶対に間違えている、牛のいるところに戻って、誰か人がいないか探して聞いてみよう。
中国人女性の意見:
とにかく様子を見よう。
中国人男性2人の意見:
これは道である。間違いなく、道である。道でないとすれば、この先進めば、道に繋がる。
アメリカ人と女性2人の胸のうち:
Oh,no・・・なんと強情な・・・(←ワタクシはそう思いましたが、きっと残りの2人もそう思っていたと推測)
ここまで休憩無しできたので、とりあえず、お昼ごはんがてら休憩をとることにしました。
すると、A君(中国人)が、この山の向こうはきっと村落があるはずだ、君達はここで待ってて、まずは様子をみてくるからと言い残して、ロッククライムなみの勾配の道をおりたりのぼったりして、向こうの山へ行ってしまいました。
Oh,no・・・パート2・・・
↑どのくらい険しいか、写真ではなかなか伝わらないのが残念です。
↑土がすべりやすいし、グレーの木はトゲがすごくて、ショートカットでいくならチクチクをがまんするか、それがイヤなら遠回りするという究極の選択肢を強いられ、なんとかここまで来ました・・・
↑これは、ほぼ180度に近い傾斜です。。。
30分たってもA君が戻ってこないので、アメリカ人も様子をみにいくことになりました。
歩いていると、厚着しているのと日差しが強いのとで汗がでてきますが、じっとしているとだんだん寒くなってきました。
暫くして2人が戻ってきて、同じものをみてきたのに、2人の意見は違います。
アメリカ人の意見:
やはり、道はない。これ以上、先に進むのは無理だ。アメリカでもよく登山にでかけるけど、正確な地図はかかせない。今ある地図はあまりにもアバウトすぎて、方位も距離もつかめない。アメリカでも、地図が正しくないせいで、遭難する人は少なくないし、ここは標高が高いのに、野宿できる十分な装備もしてない。今から戻れば、日が暮れる前に宿に戻れる。
中国人A君:
山の向こうに道が見えた。少し戻って、あっちの方向に行けば、たどり着ける。
女性2人:
安全第一、命あっての旅行、戻ります。
ということで、中国人男性2人は道なき道を進み、我々3人は展望台目指してひたすら上ることにしました。
↑このチクチクした木、なんという植物か分かりませんが、本当に涙モノでした。
↑拡大すると、こんな感じ。まさに、人生、茨の道・・・それに付け加え、推測標高3000、下りはなんともなかったのに、上りは100mダッシュ
並みに心拍数があがって、酸欠状態で呼吸も苦しかった・・・
↑でも、アメリカ人はとっても元気で、半袖で余裕のスマイル
↑アメリカ人のスマイルに癒され、なんとか心に余裕が生まれ、記念に自分の足も撮影。マイナス30度にも対応できるという耐寒ブーツ、上海のスポーツ用品店dikanongで購入(150元)、内側はイタリア製のもこもこ毛皮付
そして、この後、更に上ること3時間、アラサーのワタクシは、何度もくじけそうになり、2人に先にいってもらって、自分はここで死を迎えるからと何度も心の中で叫びながら、でも、2人が遅れる私を待ってくれたので、なんとか無事、展望台まで戻ってくることが出来ました。
↑再び、飛来寺にて撮影。周辺は、ロバがうろうろしています。
中国人男性2人はというと、私たちの到着時間よりも2時間ほど早く、目的地の村に着いたと知らせを受けたのでした。
↑もう一歩も歩きたくない・・・食欲がなくなるほど疲れるなんて初めて・・・ということで、夜はMちゃんにもらった非常食、炊き込みご飯のみ。お湯を入れるだけできるというスグレモノ。