時々コメントした事がある、ある不倫オジサンのブログなんだけど。
例えば、この「不倫オジサン」は、自分の不倫を「妻に長年レスをされたから」という理由で正当化しています。

「夫婦関係が冷え切っていたから」「ずっと拒否され続けた俺の気持ちを考えろ」「本来なら不倫なんてする人間じゃなかった。妻がそうさせた」と、繰り返し自分の行動を妻の責任であるかのように語っています。

さらに、不倫相手の女性のことを妻には「親友」と表現し、本当のことは言わないまま、自分を理解してもらおうとするシナリオらしい。そして妻が怒れば、「離婚するならすればいい」というような態度になり、自分が加害者であるという意識があまり感じられません。

その姿を見ていると、私は自分の元夫を見直してしまいます。

もちろん元夫も不倫をしました。当時の私はそれがどうしても許せず、ほとんど話し合うこともなく離婚を選びました。

しかし彼は、私だけでなく私の家族にも何度も謝り、自分の過ちを認め、涙を流しながら「許してほしい」と訴え続けました。私はその思いを受け止めることができず、10年間離婚という形で離れていましたが、このブログの「不倫オジサン」と比べると、元夫には少なくとも自分の罪を引き受けようとする誠意がありました。人間性や道徳観という点では、あそこまで落ちていなかったと思います。

また、私の元不倫相手についても同じことを感じます。

彼も夫婦のレスがきっかけで私との関係が始まりました。その意味では事情は似ています。しかし彼は、「妻が悪い」「レスだから仕方がない」と責任転嫁することはありませんでした。

関係が発覚した後は、私には二度と連絡してきませんでした。今どこで何をしているのかも分かりませんが、奥さんに謝り、家庭を守ることを選びました。

もちろん私は結果として捨てられた立場です。それでも、もし本当に私を選ぶつもりだったなら、なぜ最初から離婚しなかったのかという疑問は残ります。結局、彼は家庭を選び、自分の責任を引き受けたのだと思います。

だから私は、元不倫相手とこの「不倫オジサン」を比べると、元不倫相手のほうがまだ誠実だったと感じます。

一方、この「不倫オジサン」は、不倫相手に対しても誠実には見えません。

「恋愛だ」「かわいい」と言葉では言っていますが、実際には大切にしているようには感じられません。私には、恋愛というより性欲を美しい言葉で包んでいるだけのように映ります。

そして、不倫相手の女性にも違和感があります。

もし本当に彼を愛しているなら、再婚する気がなくても「少しでも長く一緒にいたい」「心でもつながっていたい」と思うはずです。
もしかしたら不倫オジサンの不倫相手に対する表現が上手く私が想像できるように伝わっていないのかもしれませんが。

だから私には、二人の関係は深い愛情というより、最初がパパ活だったこともあり、その延長線上にあるように感じます。

近所で都合がよく、多少役にも立つ相手だから続いている、その程度の関係に見えてしまうのです。

不倫オジサンの奥さんがどのような方なのかは、ブログを読んでいる限りではよく分かりません。

伝わってくるのは、「夫を長年拒否し続ける無神経な女性」という、不倫オジサン側から見た一方的な人物像だけです。そのため、正直なところ、奥さんにあまり良い印象を持てないように書かれています。

一方で、不倫オジサンは「妻とはただの家族として老後を迎えるだけ」「妻は自分にうまく丸め込まれる」といった趣旨のことも書いています。

実際に、奥さんがそのような単純な人なのか。それとも、不倫オジサン自身が相手を見下げたり、自分に都合よく解釈したりする傾向があるのか。

ブログだけでは判断できません。

私の元主人と元不倫相手が、この不倫オジサンのような人ではなかったことに救われます。

もちろん二人とも不倫という過ちは犯しました。しかし、少なくとも自分の責任を他人に押しつけ続けたり、自分を正当化し続けたりする人ではありませんでした。

一方、この不倫オジサンは、自分の考えが絶対に正しいと思い込み、せっかく真剣にコメントを寄せてくださる方々を責めたり、見下したりすることが少なくありません。

私が一番気に入らないのは、何でも「夫婦の残念な結果だった」と言って済ませようとすることです。

その言葉には、自分の選択に対する責任を引き受ける姿勢がまったく感じられません。不倫は誰かにやらされたものではなく、自分の意思で選んだ行為です。それを「夫婦の結果」という曖昧な表現にすり替えることで、自分の責任を薄めようとしているようにしか見えません。

私には、その言葉は反省ではなく、自分を正当化するための言い訳に聞こえます。

その一方で、謙遜しているように見せながら、実際には自慢話ばかりを繰り返しているようにも感じます。

ここまで承認欲求が強く、それが何度も同じ形で表れている人は、私はあまり見たことがありません。

この不倫オジサンのブログを読むたびに、元主人と元不倫相手の株がどんどん上がっていきます。

そして最後に私自身です。


この不倫おじさんのブログを読み始めた頃、私は元不倫相手と不倫の真っ最中でした。嬉しいことがたくさんあり、浮かれていた時期でもありました。だから、妻を責め、不倫相手を持ち上げるようなあのブログに共感し、楽しく読んでいました。

しかし、その後、不倫相手に別れを告げられ、私はどん底まで落ちました。その時、ようやく自分自身の愚かさに気づかされたのです。

私は寂しかった。その寂しさを埋めるために、妻のいる男性を選んでしまった。なんて愚かなことをしてしまったのだろうと思います。

私は元夫に不倫をされ、妻としての悲しみや苦しみを誰よりも知っていたはずでした。それなのに、今度は自分が別の女性を傷つける側になってしまった。人間は、こんなにも簡単に道を踏み外してしまうものなのだと、今は痛感しています。

この不倫おじさんのブログには、ときどき辛口のコメントを書いている女性がいます。その方も私と同じように夫の不倫を経験し、その後、ご自身も不倫という形を経験されたそうです。

でも、その方には私にはなかった強さがありました。

彼女は、自分の意思で不倫を終わらせたのです。

きっと、とても寂しかったでしょう。とても苦しかったでしょう。それでも、「人として守らなければならないものがある」と立ち止まり、不倫によって人間性や倫理観を壊してはいけないと考え、自ら関係を断ち切った。その勇気は本当に素晴らしいと思います。

私には、それができませんでした。

私は相手に捨てられて、初めて自分の愚かさに気づきました。しかし、その時には、もう一人の「裏切られた妻」をつくってしまっていたのです。

だからこそ、ブログを読んでいると、さまざまな価値観や考え方の人に出会います。共感できることもあれば、反発を覚えることもあります。でも、その一つひとつが、自分自身を見つめ直すきっかけになり、多くのことを学ばせてもらっていると感じています。