その後、私は元夫に付き添ってもらい、弁護士と会計士のところへ行きました。

最初は少し抵抗がありました。
離婚した相手と、こんなふうに並んで専門家の前に座る日が来るなんて、想像したこともなかったからです。

けれど、元夫は驚くほど落ち着いていて、感情的にならず、現実的に話を整理してくれました。

「今は感情より、まず自分を守ることを考えろ」

そう言われた時、私は不思議なくらい安心しました。

弁護士は、マンションの件について、
「贈与として処理される可能性はありますが、状況によっては不倫関係の対価や利益供与と見なされるリスクもゼロではありません」
と説明しました。

さらに、
相手の妻が後から事実を知った場合、慰謝料請求や財産に関する争いが起こる可能性もあると言われました。

会計士からは、税務申告の必要性や、今後どのような形で管理したほうがいいかについて具体的な説明を受けました。

私は途中から頭がぼんやりしてきて、難しい言葉がほとんど入ってこなくなっていました。

そんな私の横で、元夫が静かにメモを取り、
必要な質問を代わりにしてくれていました。

その姿を見ながら、
私は昔、まだ夫婦だった頃のことを思い出していました。

この人は、こういう時いつも冷静でした。
そして私は、その後ろに隠れるようにして守られていました。

帰り道、
元夫が「今日は疲れただろ」と言って、
子供達も呼んで、みんなで夕食を食べに行こうと言いました。

久しぶりに家族全員が揃った食卓でした。

子供達は最初こそ少し遠慮していましたが、
食事が進むにつれ、昔みたいによく笑っていました。

元夫も笑っていました。

その光景を見ながら、
私は胸の奥が少しだけ痛みました。

壊れたはずの家族なのに、
その夜だけは、まるでまだ繋がっているみたいだったからです。

そしてその流れのまま、
ゴールデンウィークには、元夫も含めて家族全員で旅行に行くことになりました。

最初は「子供達のため」という理由でした。

けれど本当は、
私自身もその時間を失いたくなかったのだと思います。

旅行中、子供達は本当に楽しそうでした。

元夫は荷物を持ち、
道を調べ、
私が疲れていると自然に気づいてくれました。

そんな小さな場面の一つ一つが、
私の心を静かに揺らしました。

私は、自分が何を望んでいるのか、
ますます分からなくなっていきました。

もう夫婦ではありません。

過去には深く傷つきました。
許せない気持ちも、消えたわけではありません。

それでも、
長い時間を共に生き、
子供達を育て、
人生を背負ってきた相手というものは、
簡単に「他人」には戻らないのだと思いました。

そして私は、
これから先、
元夫とどんな距離で生きていくのか、
少しずつ考え始めていました。

復縁なのか、
家族としての新しい形なのか、
それともただ、お互いを支える関係なのか。

まだ答えは出ていません。

ただ一つだけ分かっていました。

私はもう、
昔のように一人で全部を抱えて、
無理に強くなろうとは思わなくなっていました。