彼の言葉と態度。
そして何よりも、息子さんの姿。
不倫をした父と、
その相手である私を前にして、
ただ感情的に責めるのではなく、
自分の母を守るために、
遠くから、父親の赴任先に、父親の不倫相手に会いにひとりでここまで来た、まだ大学生の青年です。その姿に、私は心を打たれました。
私たち大人がしてきたこと。
その結果として、ここにいる現実。
そのすべてが、あまりにも
恥ずかしく、そして取り返しのつかないもののように感じられました。彼は、息子として、
自分の立場で、やるべきことをまっすぐに果たしていました。
一方で、私たちは……
私は恋愛の中にいた自分から、
母であり、大人である自分へと
一瞬で引き戻されたような感覚でした。
それはまるで、夢から急に現実へと突き落とされるような感覚でした。
彼と過ごしていた時間、
信じていた気持ち、
守られているように感じていたあの空間。男女の交わり。
それらすべてが、意味のないただの大人のエゴの塊だったんだと思いました。
そして目の前には、
傷ついた母親を守ろうとする息子と、家族を失うことを恐れている一人の男がいました。
その現実の中に、
私は立たされていました。
長い時間、話し合う必要はありませんでした。
彼からは
「もう終わった」という、はっきりとした意思。
そして息子さんからは
「どうか消えてほしい」という、言葉にならない強い気配。
それだけで、すべてが伝わってきました。
彼がレジで会計をしているあいだ、私は、息子さんに向き直りました。
そして
「もう二度と、お父さんには会いません。
連絡もしません。
本当に、申し訳ないことをしてしまいました」と謝りました。
息子さんは泣いていました。その姿を見たとき、私は、ひとりの母親として、彼を抱きしめて慰めてあげたいという気持ちに駆られました。
でも同時に、
ここから一刻も早く逃げ出したい、何もかもから目を背けてしまいたい、そんな気持ちも強く湧き上がってきました。
家に帰って子供達に会いたい、子供達の笑顔を見たい衝動に駆られました。
喫茶店を出て
特別な言葉を交わすこともなく、
ただ「じゃあ、これで。失礼します」と、
あまりにもあっけない別れでした。
あれほど大きな出来事だったのに、終わりはこんなにも簡単で、短いものなのかと、
どこか現実感がありませんでした。
彼と息子さんは、タクシーを呼んでいました。
二人で並んで立っているその姿は、まるで最初から、私のいない世界に戻っていくように見えました。
私はひとりで、駅まで歩きました。振り返ることもなく、声をかけられることもありませんでした。
続きます
- 前ページ
- 次ページ