罪に落ちた瞬間6「女医の告白」からつづく

12月1日

夫が大学の法医学教室の教授を訪ねた。

そこでどのような話があったのかは知らない。

でも夫のことだ。

東京の監察医務院の医師に相談したことを、秘密めかして

ささやき「東京では・・」中央にもコネクションがあると

匂わせながら・・つぶやけば。

国立大学とはいえ地方だ。中央へのコンプレックスも強い。

地元仙台で起きているかもしれない犯罪を放置して、東京で問題になってはと

誘導されることを見越している。国立大の教授とは、政治家のようなものなのだ。

夫は言っただろう。「市立病院の医師も言っておりましたが・・」と。

起承転結は順番を入れ替えることで、新しい真実になる。

夫は法医学教授を警察に行かせることに成功したと連絡をしてきた。


警察は国立大学の法医学教授の来訪に、慌てふためいていることだろう。

彼が動くこと自体が、もう犯罪にお墨付きを与えるようなものだ。

憶測が真実に限りなく近づいていく。

自分がその場を動かせるか、誰ならば効果的か、夫は緻密に計算している。

布石を打ち、じわじわと手を詰める。

疑問という石も要所に打てば、真実に色を変える。

憶測はひそやかに耳打ちすることで、限りなく真実に近づく。

動かせる人物を取り込むことができれば

警察を動かすことは、さほど難しいことではない。

このクリニックにも警察関係者の身内が何人か就職している。

権力を好むものは自ずと寄り集まってくるものだ。

地方都市とは、狭い世界なのだ。

夫たち、井の中の蛙が天辺に立ち支配している世界。

そう、私が指差そうとしているMの父親も警察官なのだ。

このことが吉と出るか、凶と出るか。

Mへの疑念は、警察にしてみれば身内の犯罪だから

内々に捜査して確証が無ければそのまま終わるだろうというのが

夫の読みだ。クリニックにとっては疑念だけでいい。

疑念さえあれば、医療過誤も確定はできないだろう。

ああ、こうして考えていると本当にMがやったような気がしてくる。

Mが私を愛し、報われぬ愛情を憎悪に変えていったのだと、

そう思うことで私の中で何かが燃え尽きていく。

燃えて灰になって崩れたのは真実だろうか。


ふと我に返ると、震えが止まらない。

小さなお前の責任転嫁がどんどん転がり膨れ上がっていく、

それでいいのかと誰かが叫んでいる。

その声が私を苦しめる。

私のこの世界を守るため、子どもたちを守るため、

クリニックの患者を守るためなのだと耳をふさぐ。



つづく(このお話はnekomanekiの妄想です)



にゃーわんわんにゃー

  

ここから「事件」は加速度をつけ転がり始める。

弁護側最終弁論より、事実経過。



12月1日 東北大学法医学教室のF教授が県警本部に

足を運び、捜査第一課長と直接面談。

捜査第一課長はすぐに半田教授に電話を入れ、

翌日の事情徴収のアポを取った。

検察調書では12月1日夜、郁子医師が筋弛緩剤の在庫調査をひとりで

行い、マスキュラックスは溶解液のみ発見して放置、粉末のマスキュラックス

は発見できず、手術室で発見したサクシンを袋に入れ、自宅に持ち帰り、

自宅冷蔵庫に保管したというが弁護側はこれに疑問を呈している。

第三者証人はいない。また、この晩、郁子医師はm急変患者のリスト

「SUDDUN DEATH」を作成したとする。

翌12月2日、半田郁子医師は3時間半にわたる事情徴収を受ける。

リストを提出。

12月3日、11時18分、郁子医師、男児が意識停滞、大量失禁(立件せず)と

県警T警部に電話。「点滴は守さんが調合したもの」と伝える。

T警部は「点滴ボトルと血液の採取を指示」

(これまでの症状と違うということで、T警部は鑑定を依頼するにあたり

「薬毒物一般では時間がかかるので、薬品を特定することになり、

ドルミカムとラシックスの主成分で行った」結果、12月8日

症状と合致するラシックスの主成分が検出されたと報告があった。)

3日、当日の夜、婦長が汚物室の使用済み点滴ボトル及び空アンプルを

入れるゴミ箱内で利尿剤ラシックスの空アンプル3本を発見。

この件に関する証拠の提出は無い。

空アンプルの写真すら示されていない。

全てが警察関係者の証言にのみ依存して組み立てられたこの件を、検察は

傷害事件とするには疑念が残ったので立件はしないというが、犯人として

守さんを名指しした。

この「立件されなかった事件」はその後の「事件」の印象を下支えする

ものとして利用されていく。