皆さま、こんばんは!

 

今夜もご覧下さり、ありがとうございます。

 

今夜は、母親と娘のことを考えていたので、

少しお話させて頂きたいと思います。

 

私の母親は80歳で、5月4日に81歳になります。

母親は私が小さい頃から心臓が悪くて、

私は将来はお医者さんになって、母親を治したいと思っていました。

 

小学生からガリ勉で、でも勉強の仕方がわからず、

いつも成績は勉強量に対して、悲惨なものでした。

また中学生になってもガリ勉でした。

なので、楽しんだ学校生活はあまり送れませんでした。

頑張れば・・・

その一心に勉強に励みましたが、相変わらずの成績でした。

 

ところが高校受験では、自分の偏差値の10以上の

私立高校に合格してしまいました。

ただ、そんな自分の実力よりも高い偏差値の高校で

授業についていけるわけもなく、いつも成績不振でした。

 

でも、チャンスが巡ってきました。

付属大学の医学部に、文系から3人入学できるようになったのです。

私はさらに勉強に明け暮れましたが、やっぱりダメでした。

 

『神さまは私をお医者さんにはしてくださらない』

 

そう思い、諦めました。

 

結局、高校生活もガリ勉で、私の楽しかった思い出は

ほとんどありません。

そののち、運よく大学の英文学科に進むことができて、

唯一好きだった、英語の勉強をすることができました。

やっと得た楽しい学校生活でした。

でも、母親の期待にはこたえられなかったように思います。

 

 

そんな私にも、一人娘がいます。

娘は私と違って、頭の回転が早く、

幼いころから勉強もできる子でした。

私は、娘に期待をしてしまいました。

 

私は母親という、権力を持った振る舞いで、

娘に色々と無理強いをしてしまいました。

 

そんな娘に色々押しつけた、ダメな母親でしたから、

娘は20歳になったと同時に、家を出て一人暮らしを始めました。

今、自分の力で責任のある仕事について、頑張っています。

 

私は母親らしいことはできませんでした。

子供は親を選べません。

また親も子供を選べません。

自立するまでの限りある時間を、

ともに喜んだり、時には泣いたり、

そんな親子関係を築くことができませんでした。

 

自分の力で得た能力をいかして、仕事をしている娘を、

私は立派だと思っています。

 

『好きなことをする』

 

それは、自由と責任があります。

娘は、後悔しない生き方をしていると思います。

いつも影ながら応援しています。

 

私は離婚してひとりになりましたが、自分の道を模索しています。

作業所に行き始めるようになったことも、

私にとっては前進と思っています。

 

50歳という年齢になり、自分と向き合い、

ずっと辛かった精神疾患も良くなってきた今、

私も後悔のない生き方をしたいと思っています。

 

母親という役割は、本当に色々なことがあります。

血がつながっていても、性格は違います。

そんな当たり前のことに気づくのが遅かった私を、

娘はゆるしてくれるでしょうか・・・

 

私はもう一度、自分の力を信じて、お仕事に就きたいと思います。

波乱万丈の人生ですが、

楽しんで生きていけたらと願っています。

50代は、それができるのではないかと思っています。

 

施設にいる母親のこと、娘のことを、忘れることはありません。

私は地に足をつけて、生きていきたいと思います。

 

まーちゃんでした!