まず、24歳で統合失調症と診断されるまでの話を簡単にまとめていきます。


高校は埼玉の県立高校に行ってました。

自分でこう書くのも少し抵抗ありますが、THE青春といった高校時代でした笑


高校3年生の時には体育祭実行委員長を務め、卒業式には卒業生代表のスピーチも喋りました。

母親には「○の人生のピークだね」とも言われましたが、本当にそうかもしれませんし、そうでも構わないと思えるくらいの幸せな高校生活でした。


高校生活をエンジェイしすぎた僕は、ろくに勉強もしなかったので浪人生となりました。今思えばここが大きな転機でした。


浪人生となった僕は、勉強勉強勉強の日々で、3か月間毎日12時間は机に向かっていました。


しかし、夏が本番となる頃、緊張の糸が切れたように、勉強が手につかなくなりました。


でも、浪人生ですから、勉強するしかありません。

勉強をしている時しか、自分を認めることはできません。

しかし机に向かえど手につかない。


そんな時に初めて、”鬱“というものを経験しました。

その時は言葉さえも知らなかったけれど、間違いなくあれは鬱でした。


そんな状態が一ヶ月ほど続いた時に、僕は一冊の本に出会います。

それは水谷修さんが書かれた「夜回り先生」という本です。


僕と同年代の人達が僕よりはるかに困難な状況で頑張っている。苦しんでいるのは僕だけじゃない。

水谷さんの本を読んで、そう励まされました。

そして、水谷さんの「いいんだよ」という言葉に、僕も救われました。


その後、僕は勉強を再開できれば良かったのですが、違う方向に動きました。


それは浪人を辞めて、NPOを作るということです。

高校の友達や浪人仲間に声をかけて、「日本に世界にホッとプレイスを」をコンセプトとし、アジトを拠点とした非営利組織を作ろうとしたのです。


時間は腐るほどあったので、自室に1人こもり、1人作戦会議を昼夜関係なくやっていました。生活リズムなんてものはなくて、眠くなったら寝るといった生活。今思えば、あれは“躁”状態でした。


浪人をしたことで、鬱と躁を経験することになりました。

うつ病や躁うつ病、そして統合失調症は先天性の疾患だと言われています。

生きていく中で、先天的に持っているその特性が、現れる人もいれば、現れない人もいます。


たらればの話なんてしても仕方ないことですが、もし自分が浪人生活を経験することがなかったら、全然違う人生だったろうなと思います。


今の僕は浪人生としての岐路を進んだ上での話しかできませんし、今のこの道も波乱万丈でなかなか面白いのですが、その分苦労したことや、つらかったことも多いので、「人生で戻れるとしたらいつ?」という質問に答えるとすれば、浪人を選ばない道です。

もしくは中学2年生の時、初めて彼女ができたのにヘタレ爆発で全然恋愛できなかったので、そのときに戻りたいです笑



それではまた。