久々の投稿です✍️

普段の本職に加えて、ダンス、モデル活動していたらなんだかんだ忙しくて哲学している間も無く過ぎていきました。

8月16日に久々にコンクールに出場しました。
残念ながら入選に至らなかったものの、当日の朝はクラシックバレエの先生のところでレッスンをして、何事もない日かのように本番の会場へ、家から近くだったのでバスで向かうなど、終始穏やかな気持ちでいました。
本番前は走馬灯のように振り返った幼少期からの舞台生活。特に鮮明に子供の頃のことを思い出していました。
コンクールという名前で出場は、離れることになった2019年の埼玉創作部門以来でした。

何度か復帰することを発言しながらも、やっとこの時がきました。
はじめは創作部門で出場するつもりでいましたが、定員数に達したため、まぁいいや、と思い、シニアに変更しました。

子供の頃は、ここまでこの世界で続けているとは想像していなかったです。
別の舞踊関係に進み続けている人もいるかもしれませんが、このように幼少期から現代舞踊協会関連の筋のコンクールにで続けているのは、先生の娘や生粋の弟子以外では私だけになったわけです。
世代も変わっていて、出場者の中では最年長クラスだったと思います。

とはいえ、舞台袖で、"私はここの世界の人間ではないんだな"、と思うと同時に、受賞しているのに自信が持てなかった2018と2019の埼玉創作は本当に私の作品が認められ、作家としての可能性を買われていたんだなと実感することができました。

何年も本音が言えぬままきましたが、クラシックバレエの稽古を通して、先生の教えやそこから繋がる舞踊家の皆様からの影響を受けて、心身ともに改めてきました。
Kバレエ団や新国立劇場バレエ団、東京バレエ団の皆様にも触れながら、海外留学経験もあったりと豊富な先生方やプロの皆様の中で世界って広いんだなと感じました。

さらには、2年前シャノワールに出会ったことを機に、たまたまのタイミングでeliteを知り関わるようになりました。
こちらも世界レベルのモデル集団を側に、自分を磨くこと、私の場合は内面に行きがちなのですが、外面を磨くことの大切さを知るようになりました。

コンクールって、正直、やりたいことではなかったです。
たぶん、誰しも、コンクール大好き!なんて人はいないと思います。

それでも、当時、いつも私の作品は一生懸命踊ってくれた先生の娘には「実際形になったのは彼女のおかげだとは思っている」と母に話しました。

人の心は難しく、思考は複雑です。
たまたまコンクールが今年から審査員の講評を渡され、多くの先生方、誰1人悪いことを書いている先生がおらず、作品に対しての絶賛でした。
これまで、子供の頃からお世話になった舞踊の皆様から教えていただいた作品創りがいかに努力がいり、さらに努力をしても認められないこともあり、悔やんだり、傷ついたり、悲しむことがあっても、勇気を持って作品を発表していくことの大切さを学び得たことは財産でした。
創作はクラシックバレエの方々の伝統的な技巧を体得して超越させるのと同じくらい、作品を創り伝えるのは難しいことを知り、今回、審査員の先生方皆様が私の作品性を受け止めてくださったことに感謝でしかありません。

こうして、一皮剥け、舞踊やモデルにも覚悟決めることができましたので、今後は弱音や、もしできたらラッキー的な発言ではなく、やっていきます。
もちろん、さらにデザイン業もがんばっていきますよ❣️
長年、夢で目標にしていいのかわからなかったJAGDAの会員にもなることができ、前向きにデザイン業にも取り組んでます。

最近、10歳前後歳下の世代との交流やさらには10代とウォーキングレッスンしたりと、世代交代を感じながらも、逆に同世代や憧れた少し上の世代との関係も新たにできてきて、私は私のポジションで、中堅が中心として動いていくことへの誇りみたいなのも感じますし、「仲間」ができはじめたのかもしれないと思い、安心したりしています。

30年以上の間、ありがとうございました😭✨
これから、さらによろしくお願いします✨