渋谷の花畑に魅せられて・・・・
渋谷の花畑・・・・flower
現在渋谷区にかなり個性的なショップがある。カテゴリーは中古衣料即ち「古着」のショップである。古着販売もさることながら、オリジナルリメイク、インポート物という特殊な品目を加え他店に無い商品展開と画期的なアイデアで追従を許さない。ショップ名・・・・
DATA:株式会社 ソラオブトウキョウ
1978年に米国にて古着の輸出を開始。以来、古着を中心に小売業、卸売り業を展開。
関連店舗
flower神南店 1993年~、(2号店)flower原宿店 2001年~、メンズショップ MESA 2003年~
2号店の原宿店が原宿の「裏原地区」と呼ばれるあたりにあるのに対し、1号店の神南店は店名どおりに渋谷区の神南にある。神南は古着ショップが多く点在するが、多くは電力館の周辺くらいまでである。ファイヤーストリートと呼ばれる消防署がある通りにも古着をはじめ幾つかのショップがあるが、日曜日の午後でも人の流入は少ない。多くは渋谷の駅からタワーレコードあたりまでが主な人の流入があり、そこから先は年中渋谷を訪れる人が行くくらいではなかろうか。そのファイヤーストリートの更に奥・・・ショップの端の路地をさらに入ったところに flowerはあるのだ。渋谷駅から歩くより原宿、明治神宮前駅から歩いたほうが遥かに近いくらいの場所だ。具体的にいうと競技場のすぐ近くといえばわかると思う。
そんなflowerに筆者が初めて訪れたのが1996年である。1号店がオープンしたのが1993年という比較的新しいショップであったが、1996年当時は古着ブームが盛り上がり少したってからであったが、世間は穴あきビンテージジーンズに「首っ丈状態」であり、flowerの認知度はそれ程ではなかった。でも今考えれば、世間に流されずにきたことが正常進化につながったのだ。オープン当時から「古着、オリジナル・リメイク、インポート」は変わらずである。
店舗の商品陳列は、明らかにされてないが(当人たちは意識してない!?)入店して直ぐ大きなテーブルスペースがあり、ここにRECOMEND商品を展開、入って左側はシャツ類が並ぶ。右奥に靴類があり、右手中央にはキャッシャー(レジ)があり、店内をくまなく見渡されるようになっており店舗全体は、花畑をイメージしたと言われている。常に細かくレイアウトの変更があるので見るだけでも楽しく、さながら本当に「花畑」のような店内である。
flowerの注目すべき点では、WEBSHOPも見逃せない。古着関連のショップとしては異例の品揃えで尚且つリメイクやオリジナルものも多く展開している同店では、WEBSHOPでも多くの商品に出会うことができる。筆者はこちらもよく利用中であるが、先日はチェックのオリジナルベストを購入。同封商品にはショップからの購入のお礼の用紙が添えられるなど、ショップがより身近な存在に感じるような演出もなされる。もはや「もてなし」というべきであろうか?
スタッフやCUTIEの読者モデルも登場。(既にお得意さんのようである。)
最初に店舗を訪れて驚くのは、男性スタッフの多さであろう。2対2くらいの人数で男性スタッフが女性スタッフと同じ様に接客している。今にしてみればどうってこともなく、お客も普通に男性スタッフに問い合わせたりコーディネートを依頼したりしている。初めて来た時は商品個性からして筆者には意外な展開であったのだ。(買物に来ている自分を棚にあげて・・・笑)
flowerといえば、川島さんというスタッフがもう有名である。川島さんをはじめスタッフのブログがflowerのWEBで見れるのでぜひ見ていただきたい。既にブックマークに登録済みである。
今シーズンは、ここの商品を中心に買い揃える予定なのであししげに通うことになりそうだ。
渋谷の花畑に魅せられてしまった!
flowerはレッツGO!原宿(WEBで買物が出来るサイト)に登録してます。ブックマークしときます
プラスαの魅力!?
春はもうすぐそこである。earthmusic&ecologyからspringfairの案内が届いた。3/3~3/5で土・日も含む全3日の催しである。葉書到着とともに程なくして担当スタッフより携帯に電話がきた。「もう届いたでしょ!葉書!きて下さいねー!」と念を押すように。
数年でブランドコンセプトが現在の形態にかわり、登場時のスタイルは系列ブランドのEHYPHEN WORLD GALLERYに移行し、両者の住み分けを図ったと言われているが・・ま、どちらも最近ごひいきブランドではある。限定にて先着で一万円以上購入した人は「オリジナルルームウェアー」が貰え、更に先着400名にオリジナルステッカーをプレゼント」である。なかなかがんばってるようで。
3/6仕事を自ら外回りの直帰の仕事をかって出て御茶ノ水より昼近く
地下鉄にて表参道をめざした。
このブランドと先に記した E HYPHEN......は姉妹ブランドで「CROSS COMPANY」という会社が企画・運営をしている。本部は神宮前「原宿」にあるので当然ながら原宿発のブランドかと思いきや、意外にも岡山に本社がある。事業展開は先の2ブランドのことに関してと岡山と青山にカフェを運営している。青山の方はラフォーレ原宿店からも近い。どの店舗のスタッフも、とても面倒見がよく、素朴な接客を(お客を大事にする・あまりこなくてもダイレクトメールをまめにくれる)することで有名であるが、それは社風なのであろうか?カフェも同様だというが・・・
ラフォーレ店へやってきてさっそく店内を見て回ってみると 担当氏が声をかけてきた。DMでアリスが着用するパンツのみ購入してみようかと考えていたが、結局他のものを買ってしまった。
リップ素材のミリタリーパンツ。DM掲載品 立体的造詣がきれいなラインを演出するのでモードなディティールを形成するのに一役かいそう・・・
明るい色調がこれからの季節にはいっそう映えるであろう
一万円以上購入で抽選で400名がもらえたオリジナル部屋着。辞退しようかと思ったのだが、担当さんが「持ってきなよ~」というので・・
この日はポイントも二倍ついた。
某ブランドの地方ショップなどは、高校生などがノベルティーを貰うのに無理して多めに買物をしても
「意地悪」をしてノベルティーを渡さない。などというショップがいまだにあるようであるが、とんでもない話である。アパレルの販売員は常に、「どれぐらい売るのか」というしがらみに縛られながらも、けしてごまかしの利かない仕事であるので肉体的にも精神的にもかなりハードである。その中でも、お客にもてなしをし自社製品の魅力を伝えることが大事なのである。
モダンデザイン同潤会アパートの軌跡
2006年2月。原宿表参道に新たなベンチマークが加わった。既に有名になりつつあるその建造物は「表参道ヒルズ」。その場所にはかつて「同潤会・青山アパートメント」というモダンデザインの建物が存在していた為もあり、その後継を担う表参道ヒルズには多くの期待を寄せられている。世代を超えて親しまれた「青山アパートメント」その類まれなモダンデザインの建築物は人々に親しまれ、いつの時代も人々の憧れであった。青山アパートメントのほかにも、この同潤会アパートと呼ばれる建物は東京近郊にいくつも存在していた。
同潤会とは
同潤会という名称は広く認知されているが、その団体が果たしてどういうものなのか知る人はあまりいない。それもそのはずで、1924(大正13年)から1941(昭和16年」)という18年間のわずかな活動期間であったこと、戦争の混乱や高度経済成長などの歴史的変動や既に活動を終了している団体であることもあり、その実態は世に広く認知されないでいる。
同潤会という名称は、「江海の潤は広く深く久遠の慈愛」を意味している「沐同江海之潤」より名付けられている。すなわち「海のように深い潤いある救済心を持つ団体」といったところであろうか・・1924年同潤会は
①住宅の経営
②関東大震災による不具者収容所、授産場の経営
③そのほか震災救護に必要な施設を為す
という目的で義援金により誕生した。
授産場とは、関東大震災の負傷により失業してしまった人々を収容し再教育をおこなった場所である。
18年という活動期間で、社会救済的正確の事業を展開しつつも住宅供給事業をも展開していくことが同潤会の主たる事業であった。この住宅供給のアパートメントハウスを展開していくなかで、全建築に共通する特徴があった。①景観を意識した建築設計②世帯住居・単身者世帯の混在形式③多様式なる住居スタイル④共有施設・設備の設置である。④は銭湯、バーカウンター、食堂、集会施設などでいかにも時代を反映させるものであるが、最近またこのようなものが見直されているという世情がまたおもしろいところである。
あらかじめ住居にこのような施設を要することも、活動趣旨にのっとるものであったのだろう。
この同潤会が供給した建造物は類まれなモダンデザインを反映していた。当時の公的機関の内務省の外郭団体であった為、近代建築様式の視察のために海外へ研修に出向くことができたためか、海外より優れた建築様式を学び建築に生かされていた。
ここでは、頻繁に演奏会や、バレー教室、映画会、冠婚・葬祭が現代まで行われていた。建物内皆が家族のような絆で結ばれていたという。
和洋一体のデザイン。
(参考誌面より)こちらは和室の鴨居で、同じデザインは建物ないには存在せず、各部屋のオリジナルであったという。建物全体に当時では珍しい「ラジエーター・ヒーター」を設置したり、このモダンデザインの中にも「常に室内に風が通風する」よう設計された空間は現代に見ることのできないすばらしい作品である。
建築落成当時から往年の特徴であったツタが多かったとう不思議な建物。60年近く変わることなく表参道の名所であった。しかし、ここの敷地は以前より思っていたがかなり変な形であり、細長い妙な形である。現在の表参道ヒルズはこれを最大限に生かしたつくりになっている。
この表参道のケヤキの一部に明治神宮の表参道に存在する東京の美的景観の一部となっていた。昭和3年代後半から近隣に商業施設ができ始めるとこの建物の居住スペースも商業機能として機能するところも出始め世界的に親しまれる建物になるという類まれなるアパートメントとなった。
同潤会が生み出したデザインや空間演出は、東洋一といわれるすばらしいものといわれ、資料を見てもそれが大いに伝わってくる。この同潤会と同潤会が創設した建築物を彷彿とさせる空間が、先ごろ完成した表参道ヒルズにある。
完成目前の建物を先日見学してきた。概観のテラス部分は往年の青山アパートメントのテラスを彷彿とさせるもので、居住スペースであるという。このような演出は、建築主の森ビルと専属デザイナーが同潤会と同潤会が生み出した建築物に敬意を表したものなのではないか!?と考える。新名所「表参道ヒルズ」へでへ出向いた際には、ぜひこのスペースを見てもらいたいと思う。
今回の記事の参考誌面である。とても細かく研究され記されているのでこちらもぜひ必読していただきたい。
消え行く同潤会アパートメント<編>橋本文隆+内田青蔵+大月敏雄
<写真>兼平雄樹
河出書房新社
サイドバーに表参道ヒルズのリンクを追加したのでご利用してください
学生の神保町付近
神保町。古本の街、学生の街、などいくつかキーワードがある。
物価も都内にしては安めであり、安い値段でお腹がいっぱいになる定食屋や、レストラン、オリジナリティーあふれる喫茶店などが点在している。写真はどれも神保町というより正確には通り隔ててすぐの、住所は神田小川町というところである。我がオレンジキラーズにはなじみの強い街で、リーダー氏やムラタ氏はスキー用品やインライン関連のものを買いにやってくる。現在そのどちらもやらない「インドア派」の筆者は、もっぱら書籍購入の為と九段下のなじみの国産車ディーラーに出向くためにやってくる。
学生の姿も多く見かける。丸の内もほど近いのでサラリーマンも見かける。
平日にここへやってくると、行き交う人たちとは違う視点でゆっくりと平日の忙しい街を見ながらカフェで「まったり」するのはこの上ない至福のきわみである。
このような路地へ入ると先ほどのあわただしさが嘘のようである。
フォッピシュを買う!
先日、いつものように原宿へ出かけた。ただ今日行く先は決まってるので駅から直行である。
ハニーサロン!フォッピシュの関連ショップだそう。ここで買ったもの・・・好調に売れているとある商品それは・・・
ブルーである。パープルを購入予定であったが、店頭でひときわ目を引いたのがこのブルーであり、店舗スタッフも一押しであった。店内真正面に展示!!CUTIEなどで掲載されていたのは「シルバー、パープル、ブラック」でそのほかにも、「ゴールド」「ホワイト」がある。一番売れているのは「シルバー」だそうで、パープルは「一見印象に残るが、飽きのくる色」だそうで、そんな理由もあり筆者はブルーをチョイスしたというわけだ。この財布が売れている理由は、デザインもさることながら、使い勝手が良いことがもうひとつの理由である。中はこうなっている(以下)
全体の大きさはそれほど大きくないが、カード類が出し入れし易そうである。まだ未使用なのでレポートするには至らないが、評判どおりのような気がする。
TOKYOを散歩 VOL.3 旧渋谷川付近(ウラハラ通り・キャッツ通り)
ウラハラ通り、キャッツ通りと称されるストリートはかつて渋谷川という川であったことはあまり知られていない。実際に歩いてみるとそれを伺い知ることができる産物等がある。とりあえず歩いて観ることとする。
同じくアパート側 参道を挟んでキディーランド側 こちらはひらがなで「さんどうばし」
橋のランカンのようなものが残る。
文教地区!?神宮前3丁目あたり。保育園や専門学校が点在するのはその理由か。
再び参道側へ向かう。この車道のところが川であった。カーブの描き方がやはり川であったことを物語る
ストリートでもキャンディーストリッパーの店舗はひと際目立つ。続いては原宿地区ではすっかり有名になった占いの原宿の母
神宮前5丁目あたり。このあたりへやってくると川幅(道幅)も一気に広くなり開放感あふれる。直ぐ側を平行する明治通りの音も耳に届くが、何処かゆったりした時が流れるのはウラハラ通りと同じである。
中央のスペースが川であった部分で両脇の道路がかつての側道であったようである。
土日などは小さな子供が、このスペースで遊んでいるのを見かける。
夜はまた違う雰囲気になるお店
ミラクルウーマンを過ぎると直ぐ側を平行する明治通りと合流。渋谷のタワーレコードももうすぐ側だ。
今日も不思議な空間を歩いた!
TOKYOを散歩VOL.2 突如出現する都心の異空間(港区北青山)
突如出現する静かな空間
神宮前の町内を北に向かってでたらめに歩く。歩いているのが神宮前4丁目あたりなら、運が良ければ(運は関係ないか・・・)賑やかな表参道や明治通り界隈とは異質な場所に出くわす。この場合、「入り込む」という表現が正しいか。住所は港区になり、北青山という呼び名になる。通りを隔てて、渋谷区から港区へ。
神宮前も一つ通りを入れば商店街があり、下町のようなその地域の生活の動線を垣間見ることができるが、この北青山3丁目付近はあたかも郊外へやってきたかの錯覚に陥るほどの風景である。まだ、確認段階であるが、ドラマの「探偵濱マイク」のロケ地として使われたという話もある。
下町のような神宮前の生活動線を抜けると突如白い建物が出現!まるで郊外の団地にやってきたかのようだ。
青山児童館。ここがとても、青山通りの直ぐ近くで、なお且つすぐ傍が表参道とは、写真を見ただけでは容易には想像できない。
団地の庭では、家庭菜園などが盛んに行われ、まさに「スローライフでロハス」な趣。
ここをしばらく行けば、ウラハラ通り付近に行き当たる。
TOKYOを散歩 VOL.1(神宮前~神南) 竹下通り周辺
神宮前(竹下通り周辺)
原宿地区(神宮前)
原宿駅の駅を出て交差点を渡る。とりあえずの目的地は「明治通り(ラフォーレ原宿の前の通り)を目指す。
賑やかな竹下通りを通ることとする。では横断歩道を渡り、左へ。歩くこと数十秒、古着を探すには「ポインツ」の一つであるところが右手に見える。その名も・・
地上に店舗があるかと思いきや、店内は地下!
新製品で今シーズンのものを買ってしまったことを早くも後悔させられるほど、商品は充実している。
まぼろしに包まれて、シャツとセーターを買ってしまった。・・・・
では、気を取り直して竹下通りへ潜入。まず右手に見えてくるのは
中はこんな感じ
雑誌や深夜番組などでも、たびたび登場する雑貨店「いろは堂」などの雑貨店がある。とても重宝するはず。
ロックアイテムやボーイズアイテムを探す方はBANANAFISHは「ポインツ」デスゾ!
六本木ヒルズはクリスマスの装い
ここは、六本木は六本木ヒルズけやき坂。街はすっかりクリスマスの装いである。六本木ヒルズというのはこの一帯の住所名であり、特定の建物ではない。「森タワー」を六本木ヒルズという人が結構いるが、六本木ヒルズは地名である。実際、けやき坂にあるショップは「東京都港区六本木0-0-0六本木ヒルズ六本木けやき坂通りSL00」というような住所になる。一時は渋谷並とは行かないまでも、結構な賑わいであったがご覧のように平日の夜は人もまばらである。昼間も一時ほどの賑わいではない。理由としては、一番は鉄道アクセスの問題。次にもともとのこの界隈の特色というかイメージのせいではないかといわれている。
前者は、鉄道が「東京メトロ、都営地下鉄」と地下鉄のみとなり、JRや私鉄(メトロは押上から東武線、中目黒から東急線と相互乗り入れではあるが)が通っていないこと、後者は近隣が西麻布や赤坂など夜の街で有名な地区に隣接するためであるといわれている。(西麻布はそれまたいい街なのだが・・・・)
高級な佇まい、成功者の住む街といったイメージが最近では強いこの街。渋谷、原宿、青山、代官山といった「おしゃれ地区」の一つに挙げられるには、まだ時間がかかりそうだ。










































